北海道AALA定期大会議案
【はじめに】
(1)激動のピーク
91年は,89年以来の激動が一つのピークを形成した年といえるでしょう.
80年代に対米屈服をつづけてきたゴルバチョフ政権が消失し,ソ連邦の解体が決定的になるなど,重大な事態が進行しました.
ブッシュ政権は「世界で唯一の超大国」であり続けるための「新世界秩序」の創設を訴えるなど,力の政治の本質を変えていません.しかし国内的には2百万人ともいわれるホームレスの問題,不況の深刻化の中で,今年秋の大統領選ではブッシュ再選が疑問視されるなど,支配層にとって深刻な事態が進行しているのも事実です.
日本にも激動の世界情勢が連動しています.去年は自衛隊の海外派兵をねらったPKO法案が国会に提出されましたが,国民の強い反対の前に挫折の憂き目にあいました.
21世紀の到来を9年後に控えた92年は,世界にとっては,戦後の世界政治の基本的構造が大きく変動する転換の年となるでしょう.(2)ソ連崩壊の意義
ソ連の覇権主義の終焉は,世界政治に新しい展望を切り開くものとなっています.ソ連とソ連中心の軍事ブロックの解体が,ソ連に対抗することを主目的にしてきたNATOや安保条約の存在理由,「核抑止力」論の危険性を鋭く問うものとなっているからです.この点で,もっとも大きなできごとはフィリピンにおける米軍基地撤去のたたかいです.
いま各国における平和と民主主義をもとめるたたかい,民族解放と真の独立をもとめる運動は,永年影響下にあった社会主義国の覇権主義からの脱却過程にあり,一定の困難やさまざまな逆流も生じています.しかし長期的な視野で考えれば,この覇権主義の破産は共同の行動への妨害がなくなったという点で,反核平和を中心課題とする共同行動を広範に発展させる現実的な可能性をかつてなく大きくしているといえます.
アメリカのいだく「新世界秩序」の構想が具体化していけば,これに対する世界人民の抵抗も急速に強まることは間違いありません.このことに確信を持って,真の国際連帯を形成していく運動を力強く推し進めていこうではありませんか.
(3)いま,何をなすべきか
いまこのような可能性を現実のものとするために必要なことは,まず第一に世界の解放運動に残された覇権主義,それと裏腹の追従主義やその残骸を根本的に清算することです.形を変えて残された追従主義に対し妥協的な態度をとることは,結局のところこの歴史的な清算の作業を遅らせ,真の国際連帯のあらたな形成をさまたげる可能性もあります.
第二に大切なことは,社会主義諸国の破産を以て進歩勢力の運動全体が破産したとする,さまざまな攻撃と徹底してたたかいながら,世界の進歩的運動が創りだした積極的な成果を擁護しさらに発展させることです.とくに勝利した各国の人民政府が産みだした社会保障や,農地改革,教育の普及,産業の民主的規制などの経験を学び,世界の進歩の方向を具体的に指し示していく作業が重要です.
第三に,とりわけ日本の国内において進歩的・民主的な運動を大いに発展させることです.わたしたち日本の連帯運動は,一貫してソ連や中国などの社会主義国の覇権主義と断固とたたかってきた伝統を持ち,いまこそ誇りをもって世界の連帯運動に対し自主的・民主的な真の国際連帯の形成を訴えうる立場にあります.
その日本でPKO法案反対闘争,小選挙区制や米の自由化に反対する闘争などを力強く発展させることが,なによりも世界の進歩的運動に対する大きな励ましとなり,きたるべき真の国際連帯の形成に向けた世界史的意義をもつという関係にあります.
これまで連帯委員会の活動は,他国の経験に学びつつ支援活動を展開するという活動が前面を形成していました.これからも,学び,考え,支援するという活動が連帯運動の一番だいじな活動であることは間違いありません.
しかし世界の激動とあらたな連帯運動の形成への模索という時代にあっては,それだけにわたしたちの役割がとどまるものではありません.より積極的に問題提起し,世界の仲間たちと大いに議論し,連帯運動のあらたな理念,運動,システムなどを創り上げていかなければなりません.
今年一年,遠大な抱負をもっておおいに頑張りましょう.わたしたちは世界史の曲がり角であらたな運動を創り上げるというたいへん愉快で,めったに経験しえない貴重な時代をともに生きているのですから…….
第三世界各国の動きカンボジア
カンボジア和平は着実に前進しています.ポルポト派の拠点となっていた,タイ領内の「難民」キャンプ,「サイト8」でもまもなく国内帰還が開始されようとされています.この帰還が実現すれば,ポルポト派は事実上その力の基盤を失うこととなるでしょう.
もともとカンボジア問題は,75年に米軍が引き上げたあと権力をにぎったポルポト派が,国民をサハコー(人民公社)に集め,強制労働を課し都市生活者や知識人を次々と虐殺するなど暴政をくりかえしたことに端を発しています.人口1千万に満たないこの国で3百万ともいわれるひとびとが虐殺されました.
ベトナム軍は,ポルポトの国境侵犯に対する自衛行動としてカンボジアに進攻,その後はカンボジア政府の要請に応える形で軍事駐留を続けましたが,長期化する駐留に対しては東南アジア各国を中心に反発を招いていました.
90年,国連は当事者に解決能力なしとし,国家主権を国連カンボジア暫定機構のもとに一時統轄する「ナミビア方式」を提唱しましたが,現政権の大幅な譲歩により,ポルポト派もふくむ最高国家機関(SNC)の創設で各派が合意.議長に選出されたシアヌークが11月には帰国するなど和平実現に向けて大きく動きだしています.
中米諸国
エルサルバドルでは,1月1日和平協定がついに実現し,国連の停戦監視団のもとに軍事警察の解散とFMLNの武装解除がおこなわれることとなります.FMLNは一政党としての国内での活動を開始することとなります.この12年間で内戦による犠牲者は7万5千人,難民は百万人におよびます.
アメリカは軍事政権に延べ10億ドルの資金を注ぎ込んできました.しかしニカラグアでの政権交代などから米議会でも軍事援助への批判がたかまり,和平をもとめる国際世論に応ぜざるをえない状況となったことが背景にあります.ニカラグアやエルサルバドルでの断固とした強力な反帝勢力が,アメリカの思惑を乗り越えて存続しえたことは90年代の中南米情勢を考えるうえで見逃すことのできない点です.
ニカラグアでは昨年7月,選挙敗北後はじめてのFSLN大会がおこなわれました.選挙敗北からの再起をかけたこの大会では,軍や官僚組織からの党の自立,社会主義を旗印として掲げ,民主集中制の組織原則を打ち立てるなど,全体として近代政党としての性格を鮮明に打ちだしました.
しかし一方において,サンディニスタ政府時代に海外からの支援をうけいれつづけた経過から,下野してほかの国とおなじ一政党になったあとも,党の財政基盤の自立をめざす方向はとられていません.ソ連が駄目になると次は中国と関係を深め,その一方では西ヨーロッパの社会民主主義政党との連帯強化をうたうというふうに揺れをひきずっています.
アフリカ諸国
アルジェリアでも,軍部=FLN右派の独裁に対する不満が広範にひろがっています.1月11日,民主化を約束していたシャドリ大統領が軍の抵抗にあって辞任しました.FLNはかつてフランス植民地主義者との激烈なたたかいの中で,民族独立をかちとった英雄的な伝統を持つ組織です.解放後は非同盟諸国のリーダーの一つとして,アラブ諸国の中でももっとも理にかなった対外政策をとってきました.
といっても,国内では社会主義勢力を非合法化し,一党独裁性を敷くなど,民主主義とは程遠い権力構造となっていたことも事実です.この中で官僚主義と腐敗,非効率が進行していく経過はソ連とおなじです.80年代に入って,原油価格の暴落とともに,対外債務が一挙に250億ドルに達し経済が破綻状態となる中で,これらの非民主的な国家運営に対するひとびとの怒りが爆発しました.
サウジアラビアなどアラブ内保守派の支援を受けたイスラム救済戦線は,これらの不満をイスラム原理主義のもとに糾合し,昨年の第一回総選挙では圧倒的な勝利を獲得しました.進歩的な勢力も,FLNを批判しつつ民主主義擁護のたたかいにたちあがりつつあります.今後,一旦は軍部が権力を掌握したとしても,既得の特権にしがみつく姿勢をとるかぎり経済危機を突破できる可能性はなく,政権維持は困難とみられます.
エチオピアでは,メンギスツ政権がいわば自己崩壊のようなかたちで民衆の支持を失いました.ひとりあたりGNPはわずか120ドル,アフリカ第2に最貧国でありながら,44万の軍隊をかかえ国家予算の5割が軍事費に振り向けられるという常識では考えられないような政治がおこなわれてきました.
エリトリアの民族解放運動を弾圧するため,最後には13才から70才の高齢者まで無理やり徴兵することさえしたのです.その結果,人口5千万の国で7百万人以上が飢餓状態におかれたのです.
今年2月首都を制圧したエチオピア人民革命民主戦線(ERPDF)は,もともとはティグレ地方に根拠を持つ小さなゲリラ組織であり,その統治能力には不安が持たれており,今後も国内での動揺が続く可能性もあります.
中近東諸国
中東和平会談で最大の焦点となっているパレスチナとイスラエルの直接交渉が開始され,占領下のパレスチナ人民のたたかいが,国際的にも無視しえないものとなっています.イスラエルは,占領地でのパレスチナ人民の抵抗をさかてにとり,「暴力」行為が抑制されないかぎり占領を続けると強弁していますが,その不当性はいまやだれの目にも明らかなものとなりつつあります.
以上の文章は,当初今年春に予定されていた総会のために準備したものです.その後わずか半年の間に世界は大きく動き,中途半端な修正ではすまなくなりました.そこで今回は,この半年にあらたに起きた事態を追加するという形で情勢評価の提起としたいと考えます.
この半年の動きのなかで明らかになったもっとも重大な動きは,アメリカが核廃絶と真の平和を期待する世界人民を裏切って,力による世界支配継続の方針を公然と打ち出したことです.
その特徴は第一に,湾岸戦争の軍事的成果の上に世界唯一の卓越した超大国として自らを誇示し,核戦力の近代化と世界各地での軍事ブロック・軍事同盟を背景に「力の政策」を堅持していることです.そして第二に,国連安保理決議など国連のなんらかの大義名分は利用するが,同時にその拘束下におかれないように,ときには敬遠し無視する政策をとっていることです.
第三には,米国のライバルの出現を許さないという意志の下に,世界各地で地域紛争に武力を背景に介入しようとしていることです.
こうしてアメリカは,ソ連崩壊後「不確実性と不安定性」を自国に対する脅威だなどといって,ソ連の「封じ込め」から第三世界への干渉へと戦略を転換しています.その典型が三月8日付けニューヨークタイムスで暴露された「1994〜99年度の国防計画指針」原案です.この文書では,米国の目的は「旧ソ連であろうと他のどこであろうと」「新しいライバルの出現を防止することである」と述べられ,「いかなる敵対者」の出現をも許さない地域として「西欧,東アジア,旧ソ連領土,および南西アジア」があげられています.そして核兵器と大量破壊兵器の開発もしくは使用を防止するために軍事力を使うこともありうるとしています.
この「指針」については「これが実行されたら国連の終わりになる」とガリ国連事務総長がただちに批判しています.またサミット参加国からも「米国は世界的規模の指導権を要求している(独シュピーゲル紙)」「米国は世界の憲兵か(仏ルモンド紙)」などの非難があがっています.
このような動きのなかで,国連の平和維持活動をどうするのかが国際的にも大きな問題になりつつあります.
これまで国連,とくに安全保障理事会は,両大国の対決の場でありさまざまな紛争に対してもかならずしも有効に対処してきたわけではありません.その最大の理由は各国からアメリカ非難の声があがっても,アメリカなど西側諸国がそのたびに拒否権を行使してこうした批判を押し潰してきたからです.
ところがソ連ゴルバチョフ政権の「新思考」外交による対米協調が展開されて,1988年以来PKOがあいついで創設されあらたな活動が展開されるようになりました.その後の国際情勢の激変を受けアメリカが一国覇権主義によるあらたな世界支配戦略を構築しようとするなかで,PKOの原則にも重大な変化が持込まれるようになりました.湾岸戦争に見られたように,国連,ことに安保理においては5大国の一致ーすなわちアメリカの意志が通る条件が整ってきています.「紛争の予防」を口実に一方的に軍隊を送りこむというかたちでPKOがアメリカの第三世界への干渉政策に利用され,さらにそれが大規模におこなわれていようとしています.
ブッシュ政権は湾岸戦争後,アメリカの戦略をパックス・アメリカーナではなくパックスユニバサリスと呼んで国連重視を強調し,PKOのありかたもアメリカの戦略に有利に変えていこうとする議論を国連で起こしてきました.
ガリ構想の問題点
現在おこなわれている一連の議論は,参加国についてもPKOそのものについても中立性は問わず,PKO創設に当事者の合意はかならずしも必要ではなく,紛争が集結したか継続しているかも問題ではなく,場合によっては紛争が起こる以前にそれを抑えこむために,さらに必要な場合武力を行使してでも停戦を維持する方向で進んでいます.従来いわれてきた補助的,消極的な活動からむしろ「世界の憲兵」とでもいうべき積極的な活動に転換したPKOの姿がそこには浮び上がってきます.
たとえば6月18日に国連安保理に提出されたガリ報告は,国内・国際紛争にあたって当事者の同意を必要としない「予防的平和維持軍(PKF)の展開」や,武力行使を想定した従来のPKFより重装備の「平和強制部隊」の創設を提唱しています.この構想は国連の名による各国の内政への武力干渉の危険を孕んでいます.
サミットがガリ構想を支持したばかりかそのための「手立て」の提供を表明したことは,国連の看板を掲げながら米国を中心とする多国籍軍によって遂行された湾岸戦争と同様の他国介入構想を表明したものといえます.
PKO協力法の本質
国会でPKO法案が可決されたのは,このような背景の下のことです.もちろんこの憲法違反の法律の発動を阻止し,法律そのものの廃棄を目指すたたかいはまだこれからも続きます.
もともと憲法違反の存在である自衛隊を部隊として海外に派兵することは,自衛隊を合憲と強弁する自民党でさえもつい最近まで憲法上許されないとしてきた問題です.
ところが宮沢首相は街頭演説で「子供を戦場に送るなというのはとんでもない誤解だ.真実をいつわる発言で,国民に錯覚をあたえる」と開き直っています.しかしこれこそ歴史をいつわる態度です.なぜなら,310万人の日本国民と2千万人のアジア各国の人々の尊い命を奪い去った侵略戦争は,「在外日本人保護のため」「ボウレイな支那を懲らしめるため」「東洋平和のため」「世界新秩序建設のため」「大東亜共栄圏のため」などの口実をもって開始されたからです.
ここまでの背景説明でも明らかなように,PKO協力法の目指す道は,国連の平和維持活動への協力を口実にして,アメリカの地球的規模での軍事活動に補助部隊として自衛隊を海外派兵するための道に他なりません.ペルシャ湾での掃海作業をおこなった部隊の指揮官の落合氏は,帰国後の講演で,往復の航海や現地での掃海作業が展開できたのは「米国のおかげ」と強調,第7艦隊の対応についても「この6隻は日本の掃海部隊とは思っていない.第7艦隊の一部隊が横須賀から来たと思う」と米海軍が語ったことを明らかにしていますが,このことひとつをとっても自衛隊の覇権が客観的に見てどのような評価を受けているかがはっきりしています.
7月に開かれたミュンヘンサミットでは「世界の政治地図を根本的に塗り替えた」と資本主義の勝利を誇らしげに宣言したうえで,「新しいパートナーシップ」なるものを打ち出しています.そしてこの「新しいパートナーシップ」は「政治的および経済的自由,人権,民主主義,正義ならびに法の支配という原則にもとづき共通の価値観が根付くにつれ」発展するだろうと予言をしています.
ここで「自由」「人権」「民主主義」などの美名の裏で宣言されているものは,実は「市場原理にもとづく経済」「経済的自由」すなわち資本主義の共通の価値にほかなりません.これは先進国の「共通の価値観」の発展途上国への押しつけ以外のなにものでもありません.発展途上国が期待する公正で,平等な経済の発展とはまっこうからあい反するものです.
サミットは途上国収奪の従来の路線を踏襲し,深刻化する途上国の債務問題にはなんら抜本的な手を打ちませんでした.それどころか昨年12月パリクラブが合意した「最貧国」の公的債務の元本の半分を削減する問題についても,英仏などの旧植民地国中心の救済になるとして米日が反対したため,結論が持ち越されることになってしまいました.
日本における海外経済支配のテコODA
このサミットの路線をさらに露骨に推し進めようとする日本政府の最大の手段となっているのが,政府開発援助(ODA)です.ODAについては従来より重大な問題が指摘されていました.それはいまや1兆円におよぼうとする予算が,ODAの目的をうたった基本法もなく,実施計画の国会承認制度もない,政府間で締結される実施協定も国会に諮られることもないという徹底した密室性です.批判を受けて政府が6月に策定した「政府開発援助大綱」も,途上国から期待されている援助のあり方とは程遠い従来の路線にとどまっています.
「大綱」は「基本理念」として「平和国家としての我が国にとって,世界の平和を維持し,国際社会の繁栄を維持するため,その国力に相応しい役割をはたすことは重要な使命である」とうたっています.「世界の平和」をアメリカ支配体制の維持と,「国際社会の繁栄」を先進国の繁栄と,それぞれ読み変えるのはさきほどとおなじです.
その基調にあるのは,日米安保条約の下でのアメリカの世界戦略を補完する戦略援助,海外に進出している日本企業の利益に奉仕する援助です.飢餓・貧困の救済,発展途上国の経済的自立への貢献などはほとんど念頭にありません.
そのことは,援助資金の配分からみれば一目瞭然です.政府資料によれば,ODA総額に占める最貧国40ヶ国むけODA比率は17%です.この比率は,開発援助委員会18カ国中16位です.ちなみにアメリカは17位となっています.ところがアメリカが軍事援助している25ヶ国むけにはODA総額の54%が投じられています.
またそのことは,「大綱」の「原則」の項をみればはっきりします.
そこでは
@開発途上国における民主化の促進,市場志向型経済導入」に「十分注意を払う」と,その国の政治・経済体制のあり方を規制.
A「効果的実施のための方策」として金融支援の際に構造調整を押しつけ,国民に苛酷な犠牲を強いる国際金融機関との「連係・協調を」はからせる.
B「政府開発援助と直接投資,貿易の有機的連関」や「民間経済協力の促進」の強調.
C以上のうえに「国内の諸制度をふくむインフラストラクチャー…の整備を通じて,これらの国における資源配分の効率と公正や『良い統治』の確保をはかり,そのうえに健全な経済発展を実現することを目的と」するのです.
これは経済援助でしょうか,それとも経済侵略でしょうか?
援助の現場をみればもっとはっきりします.東南アジア各国では,日本企業が不正なリベートを贈って現地政府にODAプロジェクト作成をもちかけ,日本からODAをひきだし企業がそれを請け負うという,現地政府と日本企業の癒着が常識話となっています.またODAが発展途上国の環境を破壊して住民に被害をあたえている事例も数限りなくあります.これについては討議のなかで視察団から報告があると思います.
第三世界のあらたな団結への模索
これまで第三世界と呼ばれてきた国の多くは,ソ連を先頭とする社会主義諸国の崩壊に対し複雑な反応を示しています.
それは世界を破滅のふちに追込みかねない不毛の軍拡競争が終止符を打ったことへの歓迎でもあります.同時にそれはアメリカを先頭とする西側先進諸国が,世界の唯一の支配者として君臨し,ふたたび他の国々をあらたな植民地主義の奴隷にしてしまうのではないかという恐れでもあります.さらには対外債務や保護主義的政策が,ますます多くの国を経済的破滅に落としめていることへのいらだちでもあります.
91年9月はじめ,ガーナの首都アクラでひらかれた非同盟諸国閣僚会議では前者の楽観的な気分が支配的でした.
対立の時代が終わり,対話と協力の時代となった.冷戦が終わりいまや南北問題が世界最大の問題となった.巨大な額の軍事費を南への投資に回せば,南北問題は解決するだろう.これが会議の主流でした.
それは事実上非同盟諸国の先進国に対する団結したたたかいを事実上放棄し,先進国の良識に期待するかのようなあいまいさを含んだものでした.したがってアルゼンチンのように「世界はもはや東西に分裂しておらず,非同盟運動は時代錯誤」として運動から脱落するような動きもある意味で必然的なものでした.
しかし先進諸国が相変わらず,戦争手段を手放そうとせず,むしろ社会主義体制の崩壊を好機としてますます世界支配の欲望を剥き出しにしてくるにつれ,急速にこの幻想は打ち砕かれていきます.そして発展途上国の経済困難を救済するどころか,収奪と保護主義をいっそう強める姿勢が明らかになってきました.
77カ国グループ会議の重要な意義
アクラ宣言からわずか1ヶ月もたたない9月末,77ヶ国グループ外相会議が開かれました.この会議ではアクラ宣言を高く評価しながらも,いっこうに経済援助が進まないことに対する不満のニュアンスが強まっています.
「巨大な対外債務の返済が,投資のために必要な資金を大きく枯渇させている.それはまた毎年,発展途上国から先進国への資金の移転額がますます増加する状況を産み出している.債務問題に対する国際社会の対応は散発的であり,断片的であり,不十分である」
「資金フローの減少と資金不足が懸念すべき重大問題となっている.発展途上国への商業資金不ローは事実上とまっている.発展途上国への直接投資フローが減少し,主として先進国内に集中した.発展途上国の大部分は,自国経済の改革と自由化のために重要な措置を講じたが,それらの努力はそれに相応した直接投資水準の増大という結果を産まなかった」
「発展途上国の輸出品に関する世界貿易は,市場の不安定,それらの製品の価格の大幅かつ継続的低下,先進国の市場へのアクセスの制限,保護主義の急激な出現,不公正な競争,先進国による生産・輸出補助金制度,そしてある場合には一部の多国籍企業による価格の固定化などによって引き続き特徴づけられている」
さらにアクラ宣言では意識的に取り上げられなかった先進国の支配の野望についても,77ヶ国外相宣言ははっきりコメントしています.
「各国外相は,国際社会に対しとくに発展途上国に対する,一国の意志を強制的におしつける手段としての威圧的な経済的措置の行使を排除する,効果的な措置を緊急に採択することを要請した.そうした傾向は存続しており,封鎖,禁輸,発展途上国の資産の凍結にはっきり現われているように,あらたな形態をとっている.各国外相は,これらの威圧的な措置は国連の関与する諸機関によって認められていないことを指摘した」
それから1年を経たいま,ジャカルタで第10回非同盟諸国首脳会議が開催されています.会議の詳細はいまだ不明でありコメントはできませんが,最初に述べた楽観論は急速に克服され,経済的不満だけでなく先進国の世界支配の野望への警戒感と,それに対する発展途上国の団結したたたかいの姿勢が結局は打ち出されて来ざるを得ないと思います.そこにこそ非同盟運動の役割があることは,30年の運動の中で試され済みのことなのですから.
なお,ここに資料として「赤旗」紙に載った特派員報告の一部を紹介します.
「今回の非同盟首脳会議の最大の特徴は,南北格差の拡大,大国による支配の傾向などを前に,非同盟運動の存在意義や団結の必要性が強調されたことです.冷戦が終わったのだから非同盟の意義はなくなったなどの議論にはほぼ全員が反論.ソ連崩壊直後「非同盟運動はもう意義がない」などと言っていたネパールのコイララ首相が,演説で非同盟運動の重要性を強調したのもその例です.
非同盟運動は冷戦後のいま経済問題に集中すべきだとの主張もありましたが,たんなる方向転換でなく,運動が一貫してめざしてきた飢餓や貧困の克服,平等で公正な国際秩序は,現在の国際平和と安全にとって不可欠となっているという方向で深められました.その中で依然として北の大国が南を支配しようとしていることの危険性も指摘しました」
どうです,世の中間違っちゃいないじゃないですか!