パナマ・プエルトリコ代表派遣ニュース
No.1 2000/1/24
パナマ・プエルトリコ ここがポイント
No.2 2000/2/10
いってらっしゃい! 伊藤理事長
パナマ・プエルトリコの仲間たちへ 矢臼別からのメッセージ
No.3 2000/2/20
行ってきました!プエルトリコ・パナマ
米軍基地撤去で闘う両国人民と心のこもった熱い連帯の9日間
==========================================
No.1 2000/1/24
『沖縄、矢臼別の闘いを届けて!』『AALAらしい取り組みだ』
パナマ、プエルトリコの米軍基地調査に反響、支援続々
訪問団出発まであと13日、支援の輪をさらに大きく!
新年事務所開き(12日)で学習
「A Happy New Millennium!」新しい気持ちで2000年を迎えました。12日の「事務所開き」, ちょっとアルコールも入れながらパナマ、プエルトリコの学習をしました。
基地交流集会で伊藤理事長訴え
12月3日、高教組センターで開かれた「全道基地問題交流集会」(各地から90名が参加)で、伊藤理事長は「長年の闘いで運河と米軍基地を取り返したパナマ、米軍の演習停止・基地撤収を要求して闘っているプエルトリコ、命がけで闘ってきた両国人民と交流・連帯することは、日本の闘いを前進させる上でも重要。沖縄や全道各地、矢臼別の闘いを伝えます」と決意表明しました。
35周年のお礼もかねて団体まわり どこも大変好意的
12月20日、まず訪問した勤医労では山口委員長が「この取り組みは大変興味がある。喜んで支援します」と3万円。「基地問題交流集会で話を聞いた。プエルトリコは沖縄と同じだ。大変な役割だけどがんばってきて」など、激励と支援を受けています。
現在20団体を訪問しています。
川瀬さんにもメッセージ依頼
35周年記念行事で協力いただいた矢臼別の川瀬氾二さんに、「パナマ、プエルトリコで頑張っている人たちへのメッセージを伊藤さんに託して!」と依頼しました。
勤医協各院所にも支援訴え
伊藤理事長の勤務先は北海道勤医協。各病院・診療所に訴えを郵送し、支援をお願いしました。すでに3ヶ所から募金が寄せられ、さらに「いま募金帳をまわしているよ」など、奮闘ぶりが寄せられています。 道民医連の支援もいただいたほか道北、道南、道東、十勝、オホーツク勤医協にもお願いしています。
「あっ、伊藤さんだ」北大でも支援広がる
伊藤さんは、かつて18年間北大勤務、この間北大職組の委員長を2期つとめるなど、多くの教職員と奮闘しました。
この度、北大の仲間に訴えを郵送、21日、影山さんとともに訪問しました。「手紙、見ました。振り込もうと思ってたよ」など素早い反応に感動。
いま北大の仲間たちは国立大学は独立行政法人化の問題できびしい闘いを展開しています。ともに闘う決意を交流しながら薬学部、農学部、工学部など20数人に支援を訴えました。3千円、5千円、1万円と大口の熱いカンパが次々と寄せられました。工学部のHさん、忙しい仕事の中、広い建物を案内してくれました。感謝、感謝。
※ 2/1(火)は壮行会、2/22(火)は報告会 いずれも19時からAALA会館にて
●パナマ
[歴史]
アメリカは、交通の要衝パナマ運河を建設するため、1903年コロンビア領だったパナマを独立させ、「パナマ運河条約」を結んで運河を支配、沿岸に米軍が駐留した。
「国旗事件」(1964年)など国民の闘いが実り、1977年「新運河条約」が締結され、それにもとづいて昨年末、運河と米軍基地がパナマに返還された。約1世紀にわたる国民の闘いの成果と言える。
[闘い−国旗事件]
1964年1月9日、運河地帯の旧バルボア高校でパナマ国旗の掲揚が米軍により妨害された。それを知った高校生・学生たちが別の国旗を持って駆けつけたが、米軍が発砲、23人が死亡、800人以上が負傷した。
[基地の跡地利用]
運河沿いの広大なアルブルーク空軍基地跡は「知識の市」−平和目的の科学、教育のための国際的な文化交流の拠点に変身しつつある。
[居座りを企む米軍]
パナマ国民は、アメリカとの関係では「平和」と「相互尊重」を望んでいる。しかしアメリカは運河への「脅威」を口実に情報活動を強化、「国家安全保障戦略計画」(12月作成)では「海洋情報センター」などを設置し、居座りを企んでいます。ひきつづき要注意、闘いが必要です。
●プエルトリコ
[歴史]
コロンブスの2度目の航海(1492年)で「発見」され、依頼スペイン領だったが米西戦争で1898年米国領に。四国の半分ほどの面積の中に米軍基地がひしめき合っている。
[闘い]
中でもビエケス島は1941年、面積の3分の2を強制収用し、米軍基地・演習場が作られた。演習による爆音・騒音・誤爆などが頻発、基地のために島の経済は破壊されている。ミニ「沖縄」とも言われ、中南米ににらみをきかしている。
昨年4月、米軍がユーゴ爆撃の訓練中住民を誤爆、5名が死傷した。「米軍は出ていけ」の闘いが盛り上がり、知事も「基地撤収」をクリントン大統領に申し入れた。
すでに1981年、米議会はビエケス島基地の使用停止とプエルトリコへの返還を決議しているが、ひきつづき20年も使用している。クリントン大統領は11月末、訓練の中止と基地返還の方向を発表、闘いにおされた結果だが、同時に大統領選をひかえ、アメリカ東部に百万人いるというプエルトリコ出身者に配慮してのことかもしれない。
[支援の輪]
ハーバード大学を中心にビエケスを支援する国際的ネットワークができている。全米19大学のほかオックスフォード大学、パリ大学にも広がっており、米軍撤退を求める署名運動を展開している。
================================
No.2 2000/2/10
いってらっしゃい!!
伊藤理事長!2月5日、米軍基地調査・交流パナマ・プエルトリコ訪問団(2月13日まで)の北海道からただ一人の代表として、伊藤理事長が元気に出発しました。
訪問団17名のうち沖縄の人が4名を占めることからもわかるように、米軍基地撤去の課題で世界の人民のたたかいと連帯することは大きな意味があり、大いに注目されています。
道AALAでも、昨年
11月に代表派遣を決定して以来、組織の内外に積極的に取り組みの意義をうったえ、派遣運動を進めてきました。矢臼別からも大きな支援が
矢臼別の人たちにも呼びかけたところ、代表派遣はできなかったものの、
連帯のメッセージとともに、多額の募金を寄せていただきました。予想を上回る大きな支援に感激し、この取り組みの大切さと期待の大きさを改めて痛感しました。みなさんのご協力のおかげで、代表派遣募金は目標達成まであと一歩というところまできています。派遣期間中の目標達成に向けて、もうひと頑張りしましょう!!
熱い期待が寄せられた壮行会
2月1日の壮行会には9名が参加し、鈴木副理事長の話しに、パナマ・プエルトリコの人民と沖縄・矢臼別など日本の人民が手を結ぶことの大切さを改めて実感。参加者からは「報告会を楽しみにしています」「地球の裏側で一緒に闘っている人たちとしっかり交流してきて」「連帯グッズを仕入れてきて」「プエルトリコの最新のCDを買ってきて」「そのCDで連帯パーティーをやろう」など、熱い期待の声が寄せられました。
訪問団への代表として最後にあいさつした伊藤理事長は、
1999年はパナマ運河返還、マカオ返還、東チモール独立、WTO交渉の決裂など世界史の大きな転換点だった。この2000年を、アメリカの世界支配とたたかうAALA諸国人民との連帯を強め、歴史をさらに前進させる年にしたい。そのてはじめとして、パナマ・プエルトリコの人民としっかり連帯を深めてきたい、と締めくくりました。「FAX入れるから」と元気に出発
伊藤理事長は出発前日も北大を精力的にまわって募金集め。その疲れも見せず、翌2月5日、会員4名が見送る中、矢臼別からのメッセージと資料、ビデオカメラ、デシカメなどもしっかり持って、「FAXで報告を入れるから」と元気に新千歳空港を飛びたって行きました。
報告会は2/22(火)19時からAALA会館で行います。お楽しみに。
(案内)
長いたたかいのすえ、運河を取り戻し、米軍基地撤去をかちとったパナマの友人たちに、米軍の演習を拒否し、ビエケス島からの米軍撤退を要求してたたかうプエルトリコの仲間のみなさんに、雪深い北の里から熱いメッセージをお届けできるのは大きな喜びです。
矢臼別演習場は、日本一広い2万ヘクタールの大演習場です。年間300日も軍事演習がくり返され、そのうち榴弾砲などの訓練日数は約170日、4万〜5万発の実弾が撃ちこまれています。
3年前から、住民のはげしい反対運動をふみつぶして、沖縄に駐留している米海兵隊がやってきて実弾砲撃訓練を始めました。沖縄の基地だけでは足りなくて、本土にも米軍基地を広げ、沖縄ではできない夜間訓練や長射程砲撃などを猛然と始めたのです。
そのうえ日米両政府は、戦争を放棄した日本国憲法にそむいて、乱暴な法律をつくり、米軍のひきおこす戦争に、日本の自衛隊を参加させ、自治体や民間企業もそれに協力させるしくみをつくりました。平和な港や空港の軍事利用が進み、青い空も危険がいっぱいで、米軍機墜落事故が続き、小学校が爆撃の標的にされたりしています。
私たちの町の住民も、砲声や爆音の被害をうけ、米兵の犯罪を恐れています。演習場に近い農民の中には、農業を棄てる人も出てきています。
しかし、私たちは、多くの困難をのりこえてたたかっています。
土地を売り渡さず、演習場のどまん中で37年間住みついている農民がいます。川瀬氾二さんです。正負のいろいろなおどしにも、猛然な軍事演習にもたじろぐことなく、「日本国憲法を守れ」「平和に生きる権利を認めよ」と叫びつづけています。その川瀬さんを支え、はげまし、「米軍はアメリカへ帰れ」「矢臼別演習場を農民に返せ」と勇気あるたたかいをくり広げている農民や教師・労働者、女性やわかものたちもたくさんいます。
この川瀬さんやその仲間である私たちにとって、軍事同盟、軍事基地に反対する最近の世界の運動の高まりは、大きなはげましです。とくに、2000年初頭をリードするパナマとプエルトリコ両国民のたたかいは、世界中の運動の力です。歴史を変える展望をもたせてくれます。
いま、あなたたちと私たちの共通の障害は米軍基地です。米軍があなたの国や私たちの国に居すわることは、世界の平和をかき乱すことであり、米国民との真の友好を妨げるものです。
世界の平和のため、世界の諸民族の独立と連帯のため、おたがいにがんばりましょう。遠くはなれていても、心はひとつです。
このメッセージを、北海道AALA連帯委員会理事長 伊藤悳夫さんに託します。
2000年 2月 矢臼別平和委員会一同
================================
No.3 2000/2/20
2000年2月 北海道AALA連帯委員会 伊藤 悳夫
「中米にも米軍基地撤去でがんばっている人たちがいる」。沖縄・嘉手納基地の移転問題、矢臼別などでの米海兵隊の理不尽な演習に対して闘っている日本の私たちにとって大きな関心でした。日本AALA連帯委員会の訪問団17名は去る2月5〜13日、パナマ・プエルトリコ両国を訪問しました。道内のみなさんの大きなご支援をえて、わたしも参加させていただきました。大変ありがとうございました。

沖縄の闘いはビエケスのもの、ビエケスの闘いは沖縄のもの
訪問団は9日、島の面積の約70%が米軍基地で占められているプエルトリコ・ビエケス島を訪れました。米軍基地キャンプ・ガルシアのゲート前に建てられた団結小屋には、基地撤去運動でがんばっている島民が手作りの昼食でわれわれを迎えてくれました。
高嶋団長が「ビエケス島は文化豊かで美しい島。プエルトリコ、沖縄から米軍基地を撤去するために連帯を大きく広げましょう」と訴えると大きな拍手がわきました。ビエケス島の女性同盟の責任者ジョディス・コンデさんらから「米軍基地に反対して闘っている仲間のみなさんを歓迎します」「あなた方も米軍基地に苦しめられていることを知っています」などの発言があり、深い連帯感につつまれました。
小屋のまわりには寝泊まりするテントが十数基張られ、立木の上には監視台がもうけられています。
昨年4月、ユーゴ空爆の演習をしていた米軍の誤爆で島民5人が死傷しました。それ以来、闘いが大きく高揚し、米軍の演習を中止させています。「296日演習をさせてない」、それがこの写真です(左は私)。

これに先立ち8日、首都サンファンで連帯集会が開かれました。訪問団から沖縄の代表と私が発言。私は矢臼別の実態や米海兵隊の演習、その中でがんばる川瀬氾二さんや北海道の闘いを紹介。「あなた達と私たちの共通の障害 は米軍基地。遠く離れていても心はひとつです」と訴え、矢臼別平和委員会からの連帯のメッサージを手渡しました。新独立運動のフリオ・A・ムリエンテ議長は「沖縄の闘いはビエケスのもの、ビエケスの闘いは沖縄のもの。同じ闘いです。がんばりましょう」とまとめました。
サンファンでは21日、宗教者団体が呼びかけ、ビエケス島からの基地撤去をめざした大集会とデモが行われます。「政党、政派を超えた史上最大のものになるでしょう」と現地関係者は語っています。
私たち日本AALAの訪問団は、10日記者会見を行いました。その模様はラジオ、テレビを通して放送され、また11日付の各紙で大きく取り上げられています。
外国基地の撤去は、その国の人民に大きな希望をもたせる
パナマではセルジャック外務副大臣や主権擁護全国委員会などの大きな歓迎を受けました。
パナマは昨年末までに97年間続いたすべての米軍基地を撤去させ、運河を取り戻しました。「自分たちで国づくりを」と喜びと自信にあふれています。主権擁護全国委員会の案内で米軍が立ち去った基地跡を3ヶ所見学しました。いまパナマでは基地跡の再開発をすすめようとしています。税金なしで外国企業の誘致、観光産業の育成、「知識の市」ともいわれる文化・教育センターの拠点づくり、米軍住宅の払い下げ、・・・。しかし演習場に埋まっている不発弾の処理という困難が待ち受けています。「どんな砲弾がどこにどれくらい埋まっているか、全く資料がない。アメリカは公害を残した」と関係者は怒ります。

訪問団と主権擁護全国委員会の共同で開いたシンポジウム(7日)ではパナマ大学関係者が参加しました。この中で沖縄の代表が「沖縄には米軍基地が集中している。とくに嘉手納町は80%が基地で残り20%に町民がひしめき合って住んでいる」と報告。両国民の闘いの前進に向けて活発に意見を交換しました。シンポジウムの終わりには、一教授が立ち上がり、「VIVA JAPON-PANAMA!」と音頭をとると全員が立ち上がり、会場は熱い連帯の拍手につつまれました。
ぜひ報告する場を!どこにでも出かけます
この訪問を通して、私たち日本人民とパナマ人民、プエルトリコ人民との連帯は大きく前進しました。とくに「沖縄とビエケスでの闘いは、矢臼別を含めて同じ闘いである、お互いに励まし合ってがんばろう」という心の通い合った交流ができたと思います。
いま沖縄・嘉手納基地の名護市への移転、7月のサミットに向け、情勢はきわめて緊迫しています。「戦争法」が成立したあと、道内では平和な港や空港の軍事利用が進み、危険がいっぱい。小学校を標的にした爆撃訓練が行われています。
写真もビデオもたくさん撮ってきました。「一人でも多くの人に訪問の話をしたい」これが私の率直な気持ちです。ぜひ報告する場を作って下さい。どこにでも行きます。
最後になりましたが、今回の訪問では多くの団体、個人のみなさんから、大きな励ましと募金をいただきました。心からお礼申し上げます。
【関連ページ】
写真で見る、パナマ・プエルトリコ訪問
パナマ・プエルトリコ訪問団に伊藤悳夫理事長を派遣決定!
パナマ・プエルトリコ便り − FAX旅日誌
ビエケス島基地問題について