「アジア・アフリカ・ラテンアメリカ」北海道版 2004年2月号より転載

 

 

【世界社会フォーラム報告】

Mumbai Report 〜印象に残ったいくつかのこと
                         影山あさ子(北海道AALA事務局員)

 

 

詳しい世界社会フォーラムの分析は、鈴木先生にお任せして、私、影山は、印象に残ったいくつかのことについて報告します。

 

Here anything can happen.

ここでは何でも起こりうる。

 千歳空港を出てからムンバイまで50時間。濃霧で飛行機が飛ばず、インド最初の夜は、デリー空港ロビーの床の上で過ごしました。

私たちのホテルは、砂埃色のマッチ箱のような家が建ち並ぶ広大なスラムのただ中の、高級ホテル。NGOの会議に行くのに高級すぎるかな・・と思われましたが、部屋に3つあるコンセントのうち使えるのは1つだったり、バスローブやタオルの数が0から3枚の範囲で毎日違ったり、朝食のコーヒーを注いでもらうのに30分かかったり(正しい係のものを見つけないといけない)、不思議なことはいろいろ。ホテルの窓からは、毎朝、スラムの家々から小さなバケツを持って、次々と草っぱらに入っていてしゃがむ人たちが見える(部屋もある)。用を足すお尻は朝から満開。

同様の光景は、路上でも、いたるところで見られます。不思議なことは、夕方、フォーラムの会場から戻るころには、それらのものは何らかの方法で片づけられていること。

 

AALAのみなさんの寄せ書き

 フォーラム会場で、巨大なタペストリーを作ろうという「スヌーフキャンペーン」というのが取り組まれていたので、北海道AALAからも4枚の布を持参しました。一組はSさんのお母さんの帯、一組はMさんの手染めの布。

  

開会集会の会場の横に、そのテントをみつけ、北海道の寄せ書き布を託しました。多くの女性らがテントの下に集まり、平和へのメッセージを込めて1枚1枚、タペストリーを制作中。みなとても丁寧に作っていました。サンフランシスコから来たという女性は、ヒロシマ・デーにワシントンの大集会に自分が着ていった平和トレーナーの一部をタペストリーにするといいます。日本からの布があることをとても喜んでくれました。

 

★ダリットの人々

 「世界社会フォーラムってどんなとこ?」と聞けば、8割以上の人は「カオス」「砂埃」そして「無数の自発的デモ、とりわけ太鼓の音」をあげると思います。

期間中、朝から晩まで、太鼓を鳴らし、踊りながら、スローガンを繰り返して練り歩き、強烈な存在感を残した人たちがいます。ダリットと呼ばれる人たちです。今回、インドからの参加者が9万人と言われていますが、そのうち3万人がダリット。カースト外カースト、カーストという身分制度のもっとも下に属する人たちです。

「空腹の子供をアヘンで眠らせる」「ネズミが巣穴に蓄えた穀物を掘り出して食べる」という貧しいインドの農民の姿がセミナーでも報告されていました(農民連・真嶋さんの話)。そうした人々がまさしくダリットの層とオーバーラップするのだそうです。インドの人口10億人のうち、2割・2億人(周辺国を含めるともっと?)がダリットとすると、これは地球規模の課題か・・・。

 

10万人の前でソーラン節?

 出発前の壮行会で「北海道の代表として、10万人の前で、ソーラン節を踊ってこい!」と言われていたので、北海道AALAのハッピをユニフォームとして、フォーラムに通いました。

 迷子になって初日の開会イベントで踊ることはかないませんでしたが、日夜踊り続ける南アジアの人々とは、毎日、はっぴ姿で踊っていました。

 

★インドのスローガン「ジンダーバァ」

 「ジンダーバァ、ジンダーバァ」。毎日耳にするので、覚えてしまいました。「実現しよう」「がんばろう」あるいは「万歳」の意味。私は気づきませんでしたが、この変形が「ムンダーバァ」。

WSF ZindaBad! Bush MundaBad!」とかやるそうです(ジンダーバァの反対だってことはわかります)。*参考:http://www.labornetjp.org/labornet/

 もう一つ、日本人の耳には「鬼はーそと、福はーうち」のように聞こえるスローガンがありました。きいたら「労働者階級は団結せよ!」なんだそうで、びっくり。

↑これは「鬼は外、福は内」 駅のホームでもやっていた。

 

★言語の壁

 決して低いとはいえないのですが・・・乗り越えるいくつかの方法があることがわかりました。

1)見た目で勝負!−自分が誰か、見てわかる工夫は効果的。プラカード、ペイントもよい。私はハッピを着ていたため「一緒に写真を撮りたい!」とモテモテ?でした。

2)自己紹介文を用意−北海道からは、矢臼別演習場のことと北海道AALAを紹介したパンフを100部もって行きました。

3)デジカメ−すぐに画像が見られるので、写真を見てにっこり笑いあえる。

4)署名−原水協は現地で3000筆、ツアー参加の群馬の鈴木さんは憲法9条の署名を300筆集めていました。

 

ソウルフルな訴えは、伝わる! 

英語のデモに初挑戦。

 日本AALAの「NGOと非同盟運動」のワークショップ、とにかくすごい人数と混沌の中、誰が来るのかなぁ〜。スターもいないし、自分たちだけだったら・・・。とにかく口コミと宣伝だ!と脈のありそうなセミナーで宣伝するほか、会場内でデモってみました。

1)シンプルにする(でないと自分も言えない)、2)周りの人が参加できるものに、と知恵を絞って「US BASE! (米軍基地!)No! No! No!」「Non-Aligned World! (非同盟世界!)Yes! Yes! Yes!」をスローガンにしてみました。

少人数、しかもフォーラム会場ではかなり地味目な道具立てでしたが、さすが日頃鍛えられたAALAのみなさん、気迫がすごい。気がつくとハーメルンの笛吹き状態、デモ隊は倍になっていました。

 

★言語の壁 2

 8000人規模のあるコンファレンスの冒頭、通訳機械がいきなり故障。インド人・キューバ人・フランス人・マリ人の報告者の間で、何語で進めるのか、というのが大問題に。結局は、英語に。しかし「私は言語帝国主義には屈しない!」とインド人が一人ヒンズー語も使うと宣言。インド人聴衆からは大きな拍手が。(日本人の私もちょっぴり楽しい。)

とはいえ、やはり議論に技術は不可欠。「戦争犯罪に対する女性世界法廷」で、沖縄の新垣さんのスピーチの通訳を頼まれた私は、冷や汗をかきました。

日本AALAのワークショップでも一部、司会と通訳を担当しましたが、日本語/英語の2カ国語は、なかなか大変。でも「自分の言語も使ってワークショップをやるのは、偉い」とインドのおっちゃんが褒めてくれたのは、印象的でした。鈴木頌さんが、AALAのワークショップで果敢に英語で質問に答えようとしたのも、たいへんソウルフル(魂がこもっているもの)でした。

 

★反米軍基地国際セミナー

アメリカフレンズ奉仕委員会のジョセフ・ガーソンさん、非核フィリピン連合のコラソン・ファブロさんはじめ、ビエケス・アルゼンチン・エクアドル・韓国・イタリア・ギリシャ・イギリス・キルギス・オーストラリア・ニュージーランド・ディエゴガルシア・日本の参加者がそれぞれ発言しました。

世界中で、アメリカは、こんなことをやっているのか・・・とうなってしまいます。住民を強制移住させたインド洋のディエゴガルシアの話は、印象に残りました。インターネットを通じて、議論は継続中で、国際的反基地行動デー(もしくは週間)に取り組もうと話し合われています。(詳しくは改めて)

 

★犬だったら・・・

フォーラムの会場の中では、誰とでも握手をすることができました。しかし、一歩フォーラム会場を出ると、ムンバイの街の現実が飛び込んできます。「ルピー、ルピー」「タバコを」「バナナを」と差し出される手と握手することはできません。片腕がない子に、赤ん坊を抱いている子に、毎日「NO」と言いって、足を速めました。

ムンバイの街でもっとも幸せに暮らしているように見えたのは犬たちでした。どんな雑踏の中でも、スヤスヤお腹を出して居眠りしています。心優しいインドの人たちは、犬を蹴飛ばしたりしないのでしょう。犬だったらご飯ももらえるのに、殴られないのに、レイプされないのに、垢と埃にまみれて同じ路上に眠る人々は・・・。

 

★アジア人

 厳しい現実の中でもインドの大衆運動には、力強さも感じます。またアジアの平和運動の中では、韓国はとっても元気!

最終日の21日に韓国やフィリピン、タイの団体が呼びかけたアジア人反戦集会がありました。渋滞に巻き込まれ、遅れちぁったぁとがっかりしてたら、向こうからのデモ隊がやってきます!間に合ったー。歌って、踊って、一緒に弾けて、楽しい瞬間でした。

「日本人」を意識すると「韓国・朝鮮人」「中国人」・・と意識せざると得ませんが、「地球」を意識すると「アジア人」感覚は−神戸生まれの私が「関西人」であることと同じぐらいに−たいへんナチュラルかも。同じ指向の(嗜好の?)仲間がマスで目に見えることも、そんな感覚を裏付けてくれる気がしました。

↑「我々の世界は売り物ではない!」