吉川団十郎の
 芸術ばなしをしましょう

可能なことを
 成功させてもあたりまえ
だから 不可能な話が
 大好きだ
 
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2018・2・26(月) 晴れ
 水墨画を描いているといろんなお客さんが筆や墨を持って来てくれる。
しかし、これらをまったく使うことはありません。

 なぜなら、まず筆で言えば、素人は筆の種類は「太さの違いだけ」だと思っている。
しかし私にとってもっとも大事なのは「筆の毛先の長さ」なのだ。
たぶん毛先の長さを気にして筆を買い求める素人はいないだろうね。
そして私の場合は毛先が極端に短いのを使っているから問題なのだ。
たぶん国内では入手は難しいだろう。
中国なら手に入る。

 『名人は筆を選ばず』と言うけれど、私は不器用なので大いに筆を選ぶ。

 筆は何本あっても腐ることは無い!
と思ったら大間違い。
筆に使用する毛は動物の毛なので逆に使わないでいると
やがて腐食してしまいポロポロとこまくなり落ちてしまうのだ。
だから使うあてのない値段の高い筆を
何本持っていても宝の持ち腐れになってしまう。

 次は墨の話をしよう。
墨には大きく分けて2種類ある。
菜種油やゴマ油の煤(スス)で作る墨と
松の木の煤で作る墨がある。

 特徴としては墨を水で薄めて書いていくと
●菜種・ゴマ系はわずかだが茶色っぽくなる。
●松系はわずかだが青くなっていく。これを『青墨』と言う。
値段としては青墨の方がトンデモナク高い。

 このトンデモナク高い青墨を頂戴することがある。
しかし私は既に何本も持っているし、
たぶん一生かかっても使い切ることが無いくらい貰って持っている。
つまり私は青墨を使わないで安い茶墨ばかりを使っているからだ。
私としては、高い安いに関係なく、どちらかと言うと茶墨の方が好きである。
結局、プロと呼ぶにはまだまだで、素人レベルなのかも・・・。

 そして大きな問題なのだが、
私は硯をまったく使わない。
だから硯で磨って使う墨は持っていてもショウガナイ。
そんな訳で、申し訳ないが、
いくら高い墨を貰っても一生使い切ることは無い、って言う事になる。
 硯も要らない。墨も要らない。
要るのは墨汁と薄める水だけ。
だから団十郎に対しては道具の心配は不要です。

 例えば、
貴方に大好きなヒイキの作家がいたとしたら、
その作家へ道具ではなく、作家の作品を買って面倒をみてやって下さい。



2018・2・25(日) 晴れ
 陶芸の仕事をやっていると他県に住んでいる友人が
「この粘土、俺の近くで採れるんで持って来たから使ってみて・・・」

 こういう具合に粘土を持って来る人が結構いるから困る。
 粘土と言うのは何処のでも使えるって言えば使える。
しかし掘ってすぐに使える粘土って何処にも無い。
使えるようにするまでどれだけ大変な作業が待っているか知らないから
持って来るのだろう。
粘土の中に含まれる有機物や強すぎる鉄分や石粒・砂粒を
完璧に除去してからでないと使えないので日数を物凄く費やする。
だから遊び半分ではできない。

 たとえ粘土を使えるようにしたとしても、
次にはもっと大変な作業が待っている。
その粘土の耐火度のテストだ。
粘土は何処のでも使えるけど、
その土によって『融点(とける温度)』や『焼しまる温度』が違うからややっこしい。
作家はそれぞれ、火を止める最終温度が違うのである。
 焼き物の産地で言うと
●楽焼は1,000度くらい?
●常滑焼は1,130度くらい?
●備前焼は1,180度くらい?
●志野焼は1,200度くらい?
●信楽焼は1,250度くらい?
●伊万里焼(磁器)は2,000度くらい?
●私は1,230度、もしくは1,250度の2パターンで焼いている。

 温度というものは10度違ったら出来栄えが違い、
素地(きじ)が焼け過ぎて火ぶくれがおきたり、焼き過ぎにより潰れかかったり、
逆に焼き不足になったりもする。
 そんな訳でたった1種類の粘土をテストするのに費やす時間はトンデモナクかかる事になる。
つまりだ、一人の友人が気まぐれで持って来た粘土を私が真剣にテストして何になるの?

 ついでの話だけど。
 友人のある陶芸家が蔵王山に粘土探しに行ったそうだ。
そして採って来た粘土で湯飲み茶わんを作り窯に入れ焼いたそうだ。
そして焼きあがって出て来たのは
見たこともない肉まんのように膨れ上がった驚きの物体だった。
結局それが湯飲み茶わんだったと言う訳。
 「なぜこんな形になったのだろう?」
そして検討をかさねた結果。
 つまりだ、蔵王山は火山地帯なので
粘土の中にガスが含まれていた為、雁月(がんづき)のような形に変形したんだろう。

 それにしても、蔵王山から土石や木や草は持って来れないってことくらい
大人なら分かって欲しいものだ。

  【続く】



2018・2・10(土) 晴れ
 水墨画の販売で私はこう言っている。
 「掛け軸は売れてから描きますので1ヶ月チョットの時間を下さい」。
もしくは「写真の作品とはそっくり同じようには描けません」ってね。
 これってふざけて言っているように聞こえるでしょうね。
でもこれって凄く当然、当たり前の事なんですよ。

 インターネットなどの一般的な水墨画販売店では
写真と同じ掛け軸を「肉筆画」と言って何枚も売っている場合がある。
しかしだ、そっくり同じ物を何枚も売ることができるなんて
ナンセンスだと思いませんか?
 つまりそういった作品に限ってだが、仕掛けはこうだ。

 ライン描きされた、塗り絵のような下絵を作る。
つまり、その下絵は印刷である。だからそっくり同じに何枚でも印刷できる。
その下絵(印刷物)に職人が「塗り絵」の要領で、筆で色を付けていく。
そうして完成したそっくり同じ絵に対して「肉筆画」と言って売っている。
確かに最後は人間の手による肉筆が加わる訳だが・・・。

 以上のように、
注文が来てすぐに同じ物が届けられるって言う仕掛けはそういう事なのだ。

 下絵(ライン)が無い水墨画を描くときは「出たとこ勝負」であり、「一発勝負」になる。
 例えば「杭を描く」。
その杭が7・3の所に描こうと思ったのだが、
6・4の所になったとする。(少し長かったり、少し短かったりもする)
そうなると上下左右に描く草や枝や動物や岩などは同じでは無くなる。

 そんな訳で、私は「そっくり同じ絵は描けません」と正直に言っているのだ。
でも素人は「そっくり同じに描くのがプロだ」と思っているから説明がややっこしくなる。
 「手描きは印刷とは違う」。これを分かってもらえると非常に嬉しい。

 話は変わるが、絵の管理はとても難しい。
日に焼けたり、カビたりする。そうなると新品とは言いえなくなる。
だからできるだけ掛け軸の作り置きはしたくない。
作り置きしてもすぐに売れるならいいのだが・・・。
 そんな訳で「注文を受けてから描きます」となる。
この対処法が一番良い方法だと思っている。
ただし「表装や乾燥に1ヶ月掛かりますよ」って話。
どうかご理解を・・・。




2018・2・8(木) 晴れ

 HPの絵画販売のページに水墨画を増やし掲載した。
これは知人以外にも売れて欲しいと願ってのことだが、
よ〜く考えてみれば他人には売れる訳がない。
だってHPを覗く人の多くは知人なんだもの。
他人なんて滅多に覗かない。
 だとすれば、一番効果があるのは?
やっぱりヤフーオークションなんだろうな。
でもこのヤフーオークションってのは実に面倒だ。
 「現物を落札する」ってことなんで、私のように「落札されてから描きます」
なんて事は通用しない。
 オークションに掲載されている写真と同じ物でなきゃいけないって言うことは
売れるたんびに写真の入れ替えをしなきゃいけないってことなんで
これが面倒なのね。

 そんな屁理屈ばかり言っているようでは、やっぱりヤフーオークションでは
売れないだろうね。



2018・2・3(土) 晴れ
 ヤフー・オークションに私の水墨画を出品している。
4,000円の絵である。
この絵の中でフクロウの絵が1番売れた。
しかし1度凡ミスをしてしまった事がある。

 ある日、フクロウの絵が落札されたのだ。
そしてビックリ! オークションに出品していた絵が何処にも無い。
あわてて家中捜したが無い。
そして気付いた。スナック団十郎で売ってしまっていたのだ。
そうなのです。スナックでも絵は沢山売れた。
だからオークションに出品している絵であるって事も忘れ、店に飾り、
既に売れてしまっていたのであった。
それで困ってしまい、落札者に謝り
「同じ絵を描いて送ります。しかしお金は要りませんので許して下さい」
と言って勘弁してもらった。それからと言うもの、絵は出品しない事にした。

 ところがだ、安い4,000円の絵だから売れるのであって、
高額な絵だったら売れないだろう。と言う事で
3万円の掛け軸(柳にカエル)をオークションに出品した。
案の定、まったく売れない。そして売れないまま4年が過ぎた。

 3日前の事である。
ヤフーオークションからメールが届いた。
それを「自動更新の案内」と勝手に思い込み、
それを読まずにクリックして、更新の手続きを済ませたつもり。
そしたら奥さんが一昨日、「何やってんの、掛け軸売れているでしょう」
と注意を受ける。
そしてジックリと読んでみたら確かに売れているではないか。
 「ビックリしたな、もう」(こんな奇跡も起きるんですね)

 そしたら、買ってくれたのは私の友人でした。
 「○○さんよ、ありがとう」

 ところでだ、「今度はまったくの赤の他人に
3万円の絵が売れるようにならないと本物の画家じゃないよね」
そこでだ、この次は試しにフクロウの掛け軸を描いて出品してみよう。



2015・8・26(水) 雨 のち曇り
 某市の公民館館長が私の家に来て得意になってこんなことをいった。
 「地元で活躍する陶芸家のAさんの工房に行って
『先生の作品を公民館主催の文化祭に展示したいんで貸して下さい』って言ったら、
先生に『保険はかけてくれるんですか?』って言われてビックリしたんですよ」

 この話を聞いて皆さんはどう感じましたか?
たぶん多くの皆さんは「大げさな作家だな」とか、
「文化祭の展示物全部にいちいち保険をかけていたら
掛け金だけで巨額になるんじゃないの」なんて考えてしまうだろう。

 でもね、これってとても大事な話なんですよ。
 「保険をかけてくれるなら作品を貸してもいいですよ」
と言った陶芸家Aさんが正しいのです。
 なぜなら、Aさんの作品は最低でも1個30万円は下らないのだ。
もし公民館が保険もかけずに借りて行って展示中や運搬中に壊れでもしたら
弁償してくれるんだろうか。

 文化祭を観に行ってよくこういった光景を見ることがある。
 『子供が会場を走り回っているのに誰も注意しないで放りっぱなし』
 こんな環境でも陶芸作品を展示したいのなら、
壊しても文句を言わない人たちの作品だけを集めて展示するしかないだろう。

 プロの作品を展示して見応えのある文化祭にするのか?
 趣味(素人)の作品を展示して1年の成果を観て頂くのか?
どちらにするかは関係者が決めれば良い。
しかしプロの作品には保険は掛けた方が良いに決まってる。

 それでは今日はこの記事を読んで行って下さい
台湾の美術館で子供が1億8000万円の絵画を壊したと言う記事です。



2012・ 9・24(月) 雨
 仕事において誰でもいつかは退職するときが来る。
陶芸家の引き際は重い物が持てなくなったときだろう。

 よくテレビで80歳を過ぎた陶芸家が作品を作っているシーンが映される。
でもこういう陶芸家は非常に珍しい。と言うより滅多にありえない。
どういうことかと言うと、このような陶芸家は息子や弟子が
後継者として側にいてすべてのお膳立てをしてくれているからできるのだ。

 陶芸を本業にして収入を得るには
月にして200s以上の粘土を運んだり練ったり製作したり、
釉薬に関しても非常に重いポリバケツやポットミル(釉薬を練る容器)を
運んだりしなければいけない。
 こういった作業が難無くできるのは65歳くらいまでだろう。
現在の私はと言えば、奥さんに手伝ってもらい
重い物を腰をかばいながら二人で運んでいる。
2年前まではすべて一人で作業していたのに・・・。

 そんな訳でこの私にも、本業でやって行くにはもう限界がきているみたい。
寂しい限りである。



2012・ 6・20(水) 晴れ
 焼き物は1個1個 焼き上がりが違う。
でも湯呑み茶碗の値段は統一した値段を付けている。
しかし、ぐい飲みや花瓶の値段は1個1個違う値段を付けている。
それはなぜか? ぐい飲みや花瓶は芸術品の部類に入るから、
色・形の良い作品は値段が高い。逆に気にくわない作品だったら
値段が安くなるし、それどころか壊す羽目になる。

 ところで3年前に村田町の陶器市に来て
私の最上級のぐい飲みを買った人がいた。
その人が1年後に再度陶器市に来た。そして私のぐい飲みを観て、
こう質問してきた。
 「去年、私が買ったぐい飲みと同じぐい飲みが
今年は1,000円も安い値段がついて売られているんだけど
なぜですか? そういう売り方っておかしいんじゃないですか?」

 彼にとっては同じぐい飲みに見えるのだろうけど、
私にしてみれば、同じ釉薬(結晶釉)が塗られていても
焼き上がりはまったく違うのだ。
彼が買ったぐい飲みの色(結晶)は非の打ちどころがない最高の模様だった。

 話は変わるが、今日は、花瓶を入れる桐箱に文字書きをした。
この作業は失敗が許されないだけに非常に神経を使う。
しかし若い頃は字が下手くそなのに何の恥じらいもなく無神経に箱書きをしていた。
そんな私も60をとっくに過ぎた年齢である。
だから現在は年齢に見合った芸術家らしい字を書かないと
箱の中に入っている作品まで下手くそに見えてしまう。
もちろん桐箱に入れる作品は吟味して自信作を入れる。
それだけに値段も高くなる。
 でも作品って言うのは焼き上がって窯を開けるまで分からないから手に負えない。
満足のいく作品が50%程度しかとれない場合だってある。
だから、仕事で一番恐いのは「注文されたものを作る」っていう事。
逆に一番楽なのは「既に出来上がっている物を買ってもらう」っていう事だ。



 2011・8・22(月)  

 私が友人達にこんなふうに喋る。
「昨今のような不景気では殆んどの陶芸家が廃業してしまうだろう。
それに東北は今回の地震・原発事故で特に売れなくなった。
もし回復があるとすればもう1回バブルが来たときだべな」
こんな言い方をしても誰も信じない。信じるのは苦しんでいる陶芸家達だけ。

 先日、陶芸仲間が遊びに来てこう言った。
 「焼き物の本場で窯をやっている友人と電話で喋ったら、本場では
多くの窯元が廃業してしまったよ」だって。

 バブルだった時代は日本国民の殆んどが中流意識があった。
だから高い焼き物も買ってくれた。
しかし今現在の日本国民は多くが下流層となった!?
そうなると当然、贅沢を慎み、陶芸作家の高い作品は買わなくなる。
そこで食器類は百円ショップで間に合わせるようになる。

 そういった苦しい状況の中でも
生き残れるわずかな陶芸家というのはどういう方々だろう?
 答えは簡単だ。
●「日本を代表するような有能な作家、もしくは
陶芸からの売り上げ収入が無くても生活していける方だろう」

 そこで私の場合はどうか?
●「日本を代表するような才能はない。
なのに陶芸の売り上げがないと生活ができない」
 
 芸術なんていうものは世の中が平和で景気が良いときにしか
買ってもらえないものなんです。
景気が悪くなると1番最初に削られるものが芸術なんですね。

 上記のような説明を裏付ける新聞記事がありましたので
原文のまま下記に掲載します。その記事の1番最後の部分が
焼き物の現状です。

 ≪読売新聞の記事を掲載。2011821(日)≫

 
とどめ刺された・壊滅だ… 超円高に町工場 悲鳴

「こんな状態が続くなら、国内の製造業は壊滅だ」。
 
という史上最高値まで達した超円高。
東日本大震災後の不況にあえぐ中での追い打ちに、「ものづくり」で
東海地方の経済を下支えしてきた町工場からも悲鳴が上がった。
外国人から人気を集めていた観光地も、客足の減少に不安を隠せないでいる。

 愛知県刈谷市の工場地帯に社屋を 構え、
自動車部品などの金属バネ製造・加工を手がける柴田スプリング製作所。
「円高の影響で輸出型企業の下請け仕事がなくなれば、
『生きる糧』を奪われたも同じ」。2代目社長、柴田直幸さん(49)は、
反転の糸口すら見えない円相場に、これまでにはない悲壮感を抱えている。

 父から会社を継いで30年。針金 細工を新たに始めるなどし、
18人の社員と切り盛りしてきた。
しかし、リーマン・ショックで一時、売り上げが50%以下に。
「預金や保険を崩し、1人のクビも切らずに何とか乗り越えた」
と思ったら震災が発生、3〜5月は計1600万円の赤字を出した。

 どんな状況でもあきらめずにやっ てきたが、
「今度ばかりは自分の力でどうにかできると思えない」。
一経営者として、超円高が続くなら、自動車産業に限らず、
大企業が生産拠点を海外に移すのは必然だと思うからだ。

 「慈善事業じゃあるまいし、
自ら大損をしてまで仕事をくれる企業などあるはずがない。
近い将来、この国から加工業はなくなるのではないか」。
柴田さんはため息をついた。

 愛知県豊田市で自動車部品製造会 社を経営する男性(70)も
「別の仕事を考えなきゃいけないかな」と、“潮時”を意識し始めた。
「1ドル75円では親会社自体も限界。
部品を逆輸入しないとやっていけないだろう」

 陶磁器の製造業者や商社が集まる 岐阜県東濃地方。
多治見市で製陶工場を営む男性(61)も、
超円高に「とどめを刺された」と感じた。

 美濃焼などはかつて、国内にとど まらず、盛んに輸出されていたが、
需要は下降線をたどり、
1960年代後半に約1300社だった同業者組合は
現在、500社を割り込む。
男性は「不況がさらに続けば、陶磁器などは真っ先に購入が控えられる。
息を潜め、少しでも景気が戻るのを待つだけ」と声を落とす。

20118212319  読 売新聞)


投稿メ―ル 「月よりの死者」さん より
 
いつも日記を楽し く拝見させて頂いております。
 若い頃僕はAMOを毎週眠い目をこすりながら聴いておりました。


 さて、僕の母の知人が昨日(日曜 日)村田の陶器市へ行き
焼き物を買って来たと言っていたそうです。そしてこうも言っていたそうですよ。

 「団十郎の所に行ったら、張り紙 があって
 “値引きはご勘弁願います”って書いてあったんで、

値切らないで定価で買ってき た・・・」と。
 だから僕も母に言いました。「そ れは団十郎らしくて面白い・・・」と。
 ところでこんな言い方で良かった んですか?

はい、そのような言い方で結構です。
ところでその張り紙には下記のように書きました。

《値引き は御容赦願います》
 
こ れまでの私の作品を24年間に亘り定価通りに
お買い上げ下さっておられる
大切な御得意様に対し無礼になりますので・・・・・。
どうか御理解のほど、宜しくお願い致します。
 尚、値引き可能な作品におきましては
始めから割り引いた値段を表示してありますので御安心 下さい。
                   店主・吉川団十郎より


よ く東北人は値切り下手、と言われますが、陶器市も4回目になりますとお客様も
「値切らないと損」と言うふうな話が浸透してきているみたいです。
しかし陶芸家達は値切られることを計算して値段を付けてはいません。
値段を決めている基準は材料費や最低源の生活費などです。
それどころかたぶんガソリン代・高速道路料金・宿泊費は含まれていないはず!?。
 私も県外の陶器市に参加するときは、高速道路はなるべく利用せず、
車に布団を積んで行き宿泊は車に寝ます。それでも昨年県外の陶器市に参加して
黒字どころか赤字が3万円もでました。(ここだけの話・今だから言える恥ずかしい話です。
でも同情は要りません。んだってオラ大人だもん。でもちょっぴり涙!)

 今回、陶器市に参加している県外からの陶芸家には北海道の方もおりました。
また経費節約の為にと3日間も車に寝ていた方もおりました。
 だからお客さんが陶器市に行って値切って買って、そのことを自慢すれば、その影で
心で泣いている陶芸家もいるということを分かってほしいのです。
値切り行為は陶芸家(芸術)を育てるのではなく、苦しめることになるのです。

 「値切っても負けてもらえない」と文句を言うようなお客さんは
作家物(手作り品)は買わないで100円ショップにでも行って
100円の大量生産品を愛用してもらうしかないのです。

 私はお金にいやしくて値引かないのではありません。
 作家とお客さんがお互いの財布の中味を計算しあい、
すったもんだと駆け引きをする行為そのものが大嫌いなんです。
(作家は純粋な方が多いので駆け引きが苦手です)
 つまり“生活が苦しい(お金が欲しい)から値引いてでも売る”なんて行為は
私の「作家としての美学が許さない」のです。
もしその美学が邪魔をして陶芸で生活ができなくなったとしたら、
私はいさぎよく陶芸を辞めるでしょう。(所詮値引くことでしか生活できないということは、
私が “一流の作家ではない”ということなのですから、辞めることに何の抵抗もありません)

 とにかく私は言いたい。「値引くなら5・6万円の作品を買うときに言ってほしい。
千円程度の作品を買うのに『負けて!』なんて言わないでほしい」。
 現在多くの陶芸家達がこの不況で苦しんでいます。
是非、作品を買うときは「芸術家を育ててやる」くらいの寛大な心を持って買って下さい。

 以上の理由により作家の中にも
私のように「値引きに応じない」者がいてもかまわないのでは、
と思うのですが如何でしょうか?。

【注意】今回の意見はあくまでも団十郎の個人的見解であり
決して他の陶芸家を代表しているものではありません。



投稿メ―ル 「E・K」
さん より
 はじめまして、楽 しくHPを拝見させていただきました。
 今、焼き物について学校のプロ ジェクトで調べ物をしています。
質問があるのですが、焼き物には鑑 賞用のものと実用のものとありますよね? 
それは一体なぜで、いつからそうな のかを歴史と共に知りたいのですが、教えてください。

  ご質問有難う御座います。それでは下記に答えを書きます。
ただし抽象的な(簡単すぎる)質問なので、質問の意味と違った答えになるかも知れません。
その場合は改めて質問をお願いします。今度はもう少し具体的に内容を書いて下さいね。

> 焼き物には鑑賞用のものと 実用用のものとありますよね?
> それは一体なぜで、 い つからそうなのかを歴史と共に
> 知りたいのですが、教えてください。
團 鑑 賞用の物とは「オブジェ・置き物」等のことですか? 
●オブジェ=物体・抽象的鑑賞芸術、等々。

★現代人の多くの方々は焼き物と言うと、花瓶と食器くらいしか思い浮かべません。
そういった先入観を持ってしまうと、それからはみ出た作品を少し変わった目で
見てしまいがちになります。しかしそういった新しい試みを常に目差す芸術家がいてこそ
日本の陶芸芸術の進歩になるのです。
全員が揃って伝統芸術だけを追い求めていたのでは世界から置い行かれてしまいます。

 単純に焼き物と言っても決して既存の焼き物の分野だけを担っているのではありません。
 建築分野・室内インテリア分野、等々。今後もあらゆる分野に加わる可能性があるはずです。
そのためには花瓶と食器だけを陶芸家全員がやっていたんでは世界から置いていかれます。
 焼き物芸術先進国(ルネサンス国家)になるためには伝統芸術一辺倒では駄目だと私は思います。
あらゆる生活空間を焼き物芸術で埋めるための創意工夫が必要。
と言うことはオブジェ等の遊び心がより大切になってきます。
 余談ですが、宇宙ロケットの外壁は金属ではありません。焼き物(ニューセラミック)です。

★鑑賞焼き物(オブジェ)の歴史となると縄文時代になると思います。
 オブジェとしては縄文時代のほうが現代より身近だったはずです。
なぜなら、現代はあらゆる素材(プラスチィック・木工・金属・紙)で鑑賞芸術が造られ
ていますので、焼き物のしめるウエィトは低くなっています。
 しかし縄文時代には金属やプラスチィックや紙はありませんでした。木は有っても加工する
刃物(のこぎり・ノミ・ナイフ・ナタ)が無かったので現代のような木工の鑑賞芸術は
ありませんでした。そうなると縄文人が一番簡単に造れる オブジェや生活道具(食器等)
の素材は焼き物ということになります。
 つまり縄文人にとって焼き物は現代人より身近で不可欠な素材でした。
だから縄文土器には優れた芸術品が多いのです。
つまり当時としては焼き物(縄文土器・土偶・その他)こそが
貴重な芸術表現の素材だったのです。

 是非、皆さんも家の中や庭を眺めて、生活空間を見つけ、その空間(壁面など)を飾る
新しい鑑賞用焼き物を創ってみて下さい。

★観賞用陶芸の歴史のこぼれ話を一つ。
 第二次世界大戦のとき、日本には金属が足りなくなり、
各家庭の金属を軍に半強制的に供出させられました。
そこで困ったのが、彫金などの金属を素材としている芸術家たちです。
そこで、金属の代わりに粘土を使用し作品を創り始めたのです。
だから当時の彫金作家が創った「焼き物のオブジェ」というのがかなりあります。

 以上です。 更に質問があるときはいつでもどうぞ・・・。



投稿メ―ルより抜粋 「H・S」
ちゃん
 
はじめまして。私は18歳くらいのときに深夜放送が好きで好きでよくニッポン放送を聴いていま した。
特に夜中12時を廻ったときからが好きで当時はあ おいくんと佐藤くん、かぜ耕士の「たむたむたいむ」
そして大石吾郎さんがDJを勤めていましたコッ キーポップ。
 その中で当時の吉川団十郎一座のことを知りまし た。
あれから20数年たって私も今現在45歳になって しまいました。
最近やけに当時の事が懐かしく思えるのです。あの 時代・・・・・・・良い思い出がいっぱい詰まった時代。
 あの頃に、コッキーポップで知ったほとんどの人 たちは今はどうしているのか?
たとえば高木麻早さんとか、小坂恭子さんと か・・・・・・・・・・・・・・・・・。
 そんな中で団十郎さんも私にとってはなつかしの 一人だったのです。
「ああ宮城県」がヒットしたのも覚えていますが、
あなたは「芸能界は単なる通過点でしかな い・・・・・・・」と言って一年余りで引退してしまった。
あれから20数年今何をしているのだろうかと時々 ですが考えることもありました。
 団十郎さんのホームページの事は「恐怖の追跡調 査・・・・あの人は今・・・・・・・・・・?」
というホームページで知りました。
 今は陶芸家の道を進んでいるということで私も趣 味で陶芸をやっている事もあり早速アクセスした次第です。
 作品とても興味があって見させていただきまし た。やはりうまい・・・・・・・・。
私はキャリア(キャリアなんていえるものではあり ませんが・・・・・・・・)8年ですが
到底かなうわけもなくただただ感心してしまうばか りです。
 あなたのホームページを見てなんだか懐かしい友 人に再会したようなとってもいい気分です。
 今回初めてなのでこのメールを読んでいただける だけでもうれしく思います。
 今回本当でしたら私が最近作った陶芸の写真お送 りさせていただいて見ていただこうとも思いましたが
いきなり写真の添付ファイルを送るのはマナー違反 だと思いメールだけとしました。
また機会がありましたら次回は写真送ってもよろし いですか?
 今陶芸が私の心の支え的な部分もあって「生涯や れたら良いなあ・・・・・」なんて勝手に思っています。
 メール長くなってすみませんホームページを通じ て応援しています。がんばってください。

メール、ありがと う。陶芸の写真の添付OKです。「御遠慮なく」
適切なアドバイスを内緒でしてあげますよ。



投稿メ―ルより抜粋 「ひろみ」
ちゃん
 
ご無沙汰してます 今日は友達と鳴子の馬場温泉 にきています。
 夕食に鮎が出てそのお皿が「団十郎のだあ」と、 ぴんときた私はおおはしゃぎ。
こちらの奥様もぜひ団ちゃんのところにいってみた いと申しております。その節はよろしくね。
まさかここで団十郎の陶器にお会いす るとは。 

私は馬場温泉には 行ったことはありません。しかし、鳴子町には多くの友人達がいます。
その友人達はチョイチョイ作品を買いに来てくれています。
 嬉しいですね。そういうふうに人づてに広まって、そして私の知らない所で使用されてるのって・・・。



投稿メ―ルより抜粋 「ミセス仙台」さん
 「萩の月」のテレビコマーシャルで使用されてい る銘々皿は、
もしかして団十郎さんが作った皿ではないですか?
 私の友人がテレビに映っている皿と同じ皿を持っ ていてそれをとても自慢しています。
 そのうち私も御邪魔して求めたいと思いますので その時は宜しく・・・。

「そうなんです」。 萩の月のコマーシャルの中で、宝塚の「朝海ひかるさん」が玄関を開けて帰ってくると、
女子高生の妹が「お姉ちゃん、お帰り」と言う。そして2人で萩の月を食べながら、
「ふんわりっていいね」と言う。そのとき、萩の月(お菓子)が五角形の銘々皿にのって映っている。
その五角形の皿が私の皿ということです。
 私自身もそのコマーシャルを見て初めて分かったのです。正直いってその時は「とても嬉しかったです」



●投稿メ―ルより抜粋 「ラビッツ」でーす(仙台市)
   
吉川さん、たばこ婦人部の講演会で会えてとても嬉しかったで す。
何十年ぶりで旧姓で呼ばれたのには、感激してしま いました。
 その折、会場で購入させて頂きました、コーヒー カップ愛用させて頂いています。
受け皿も素敵なのですが、何と言ってもカップのふ ちのカーブがお気に入りです。
(口あたりがよく飲みやすいです)
 今度、電話して遊びに行きます。

私の湯呑みとコー ヒーカップは、手に持った時と飲み口の良さが評判です。
末永く御愛用下さい。
 
 それにしても、講演してる最中、なんか「見た事ある人いるなー」と思いながら喋ってだんだ。



●投稿メ―ルより抜粋 
デブ丸子さん(福島県)より
 本焼きのたびに焼き上がりが違って いて困ってます。
ある時は釉薬が流れていたり、又ある時は充分に融 (と)けていなかったりと・・・。
 温度はいつも同じ 1250度で止めています。
やはり、焼くたびに違うというのが当然なんでしょ うか?
それとも、いつも同じ焼き上がりにする、というこ とは可能なのでしょうか?

はっきり言って、殆 ど同じ融け具合にすることは可能です。(ただし、同じ発色にはできません)
 融け具合を同じにするには、温度計だけではダメです。
焼くたんびに温度の上り具合(調子)というのは違うのです。だから温度計は目安に過ぎません。
 そこでお薦めは、
「ゼーゲル・コーン」です。それをナナメに立てて窯の中にセットします。
ゼーゲルの材質は、釉薬でできているため、融点(とける)温度になると倒れて来ます。
ということは、作品の釉薬も同じように融けているということになります。
 ●1250度には 「SK−8番」を使用
 ●1230度には 「SK−7番」を使用
 【注意】メーカーが2社あります。私の使用しているメーカーは
「JSC」です。
メーカーによって、温度差がかなり有りますので、どちらか1社に統一して下さい。



●投稿メ―ルより抜粋 
悩める子熊さん(東京都)より
僕は25歳になる独身サラリーマンです。
焼き物に魅せられてしまい、サラリーマンを辞めて プロの陶芸家になろうかどうか? と今、本気で迷っています。
近くの陶芸教室に通ってまだ1年しか経っておりま せんので、
腕は未熟ですがどうしても陶芸の道に進みたいので す。
どなたかへ、本格的に弟子入りするつもりでもいま す。
そこで、団十郎さんの忌憚の無い意見をお聞かせ下 さい。

作品は、どなたでも 作れるようになります。(多少、個人差はありますが大丈夫です)
1番ネックになるのは、作る心配よりも売る心配の方なのです。
私としては、作る事よりも売る事の方が難しいです。
たぶん、芸術家の9割くらいの方は、そうだと思います。(だから、殆どの芸術家は貧乏なのです!?)
それに、現在の不景気では・・・。
つまり、どうやれば作れるようになるのか、の心配よりも、どうやって
確実に売り捌(さば)い て生活して行くのか、
の答えを出してから行動をして下さい。

ただ、貴方の救いは、まだ独身だったというところでしょう。
結婚くらいならまだしも、子供がいては道も益々険しくなります。
私が陶芸の道に入ったのは33歳、子供が2歳の時でした。ギリギリのラストチャレンジでした。

とにかく、「イチかバチか」の勝負は避けてて下さい。また、「やれば何とかなるさ」の無謀な考えも持たないで下さい。
しっかりとした計算をし、その答えより少なめに見積り(売り上げ)を経て、「それでもやっていける」と答えが出た時に、
始めて行動をして下さい。

向上心のある悩み事は、多いに結構です。



●投稿メ―ルより抜粋 
中林・Tさん(福島)
村田の、その場所を選んだのは「焼き物に適した良い土が採れるからですか?」

良い土があるから選んだのではありません。ただ農家の空家があったからです。
陶芸家が場所を選ぶ場合、ほとんどは「目の前に良い土があるかどうか」ではありません。
土は目の前に無くとも、運べばいいのです。
場所を選ぶ場合はどちらかというと、その人の作陶にふさわしい環境があるかどうか、ですね。
土は運べますが、環境は運べませんので・・・。

やはり一番の問題は、資本金です。
陶芸家として仕事(独立)を始めるのは、大抵 30歳前後です。ということは、資本金は無いに等しい!?
とはいえ、実際に仕事を始めるとなると、広い作業場、それに住居も必要です。
それを街場で見つけるとなると、大きな家賃を支払わなければいけません。
そこで考えられるのが、「廃屋になった田舎の農家」なのです。
農家には必ず納屋があり、その納屋を仕事場として利用すれば OK。もちろん、家賃も安いです。

さて質問の、良い土があるのかどうか、の話に戻りましょう。
焼き物に適した土というのは、何処にでも有ります.(日本は粘土国です)
その証拠に、日本は何処の土地を掘っても水が湧きます。それは粘土質だからなのです。
それに、縄文土器や弥生土器は、何処の町内からでも発掘されているはずです。
さらには、ひと昔前までほとんどの地域で、瓦もしくは水瓶(カメ)等を生産していたはずです。

私の場合、良い粘土なら我が家の空き地を10センチも掘れば沢山採れます。
それと、周囲の山すべてに粘土は有ります。
しかし、たとえ粘土がタダとはいえ、掘ってすぐ使えるわけではありません。それを使えるようにするために は、
物凄い手間暇がかかるのです。
“強い鉄分の除去” “石粒の除去”等、実際にそれらをやっていたなら、それだけで大変な仕事の量になります。
ようするに今の時代は、「タダの物の方がかえって高く付く」って事になります。
だから土づくり作業は、ほとんどの人は粘土づ くりの専門業者にマカセマス。

ところが、陶芸家の中で「私は掘った土で製作しています」なんて言っている人でも、
実際のところ、演出的に “掘っている真似(口)ばかり”という人がかなりいます。

素人の方は、「土は、作家が自分達で掘って作っているのだろうか?」なんてことを、
あまり考えなくても良い、と私は思うのです。
それより まず、その陶芸家の作品の使用按配やデザイン能力や釉薬(色彩・景色)の良し悪し等を観察してく ださい。
こんな事を言っていると、多分皆さんに「作品の良し悪しが、素人に判るわけないじゃない!」
なんて叱られそうですね。
でも、「土がどうのこうの」と言う事の方が、「作品の良し悪しをどうのこうの」と論ずるよりも、ずーっとヤ ヤッコシイ事なのです。
(上記のように考えるのは、もしかすると私だけかもしれませんので、その場合は悪しからず・・・)

さて私の場合、土に対してのこだわりはまったくありません。(しかし釉薬にはかなりのプライドを持っ ています)
土にこだわりを持たない理由は 以下のとおりです。

いくら良い土があったからといっても、それが全ての作品に万能という訳ではないのです。
(私は現在、6種類の粘土を使い分け、大物作品づくり用・小物作品づくり用等々にブレンドしています)

粘土なら、何度も言うように「何処の市町村にでも有るのです」
しかし、「粘りのある土だけが焼き物に良い」なんて、勝手に決めつけないで下さい。粘りの無い石ででも作れます(磁器)。
粘りが無ければ、フノリを混ぜれば良いし、もしくは、流し込みの型づくりやプレス型づくり等でも作れます。

陶芸家は、自然の石・土で形を創り、それを焼き固め人工の石を作っているの です。
地球の土や石や金属類のすべてを、高温で焼けば必ず融点(とける温度)に達するのです。(地球はマグマだった)
それどころか、動物の灰(骨)も植物の灰も融点に達するのです。そして、それらが冷めれば固まるのです。
しかし、「自然の石は固まっていても土は固まっていないのでは?」とお思いでしょう。
ところがその昔、土は石だったのです。
火山の溶岩が噴火して粉砕(火山灰)され、土(粒子)になったり、
地球が冷めてできた固い石がやがて風化し、そこへ有機物が入り、バクテリヤが発生し粘りが出て、土になったり・・・等々。
[注意]土が粘りを出すのではなく、土中のバクテリヤの存在が粘るのです。

●地球そのものが「焼き物」と言う名の物体なのです。だから地球に存在するすべてが焼 き物の材料になります。
もし、地元の土・石・鉱石を焼き物の材料として利用する場合は、テストをして焼固まり具合(最適温度)をチェックします。
その結果、それらの最適温度で焼いてやれば良いのです。
そう考えると、「良い粘土が採れるんですか?」なんて質問は、私にしてみれば「どうでも良い事」なんです。
土が良い・悪い、なんて質問は「土に対して失礼です」
たとえば、人の顔に対し他人が「良い顔」だとか「悪い顔」だとか、散々好き勝手に言っているのと同じことなのです。
つまり、その土地の土を使用する場合は、
その土に自分を合わせれば良いのです。
そうすれば、
すべての土が良い土になります。

【追伸】
低い温度で融けてしまうような土・石・金属・灰等は釉薬(ゆうやく)として使えます。 



●投稿メ―ルより抜粋 
M・山口さん(宮城)
昔、水道がなかった時代、我が家の土間に大きな “水がめ ” がありました。
その水がめ が置いてある周囲は、いつも湿っていたようでした。
団十郎さんが言っている、「陶器は水漏れがする。」という意味が、それで理解できました。

そう言う事です。
そして、その 水がめ が置いてあった場所が、土間だったから良かったのです。
コンクリートの床に置いてあったら、漏れた水で水浸しになっていたでしょう。
水がめ は、適度に漏れた方が良いのです。漏れるからこそ 飲み水が腐らないのです。



●投稿メ―ルより抜粋 
多部  智昭さん(東京都)
HPへの掲載ありがとうございます。
吉川さんの作品が東京で鑑賞出来ず残念です。
ところで「トルネード」は無釉の焼き締めに見えますがいかがでしょうか
ただ、胴の部分には釉なのか、それとも薪の灰がとけた物なのか
そういう部分が見え、又、こげの様な部分もあり、なかなか味わいの
深い作品とお見受けいたしました。
窯は何をお使いなのでしょうか。
登窯か、穴窯か、電気か、ガスか、いずれをご利用なのか気になります。

下記の写真 「トルネード」 の釉薬は、灰釉です。 
とは言いましても、私の窯は灯油窯(がま)ですので、
”マキ窯”とは違い自然降灰釉(こうばいゆう)にはなりません。 
そこで、コンプレッサーを使用します。水に溶いた灰をガンで吹きつけるのです。
その時に、濃淡をつけてバランス良く吹き付けると、作品の景色が良くなり、自然降灰釉のようになります。
しかし、プロが見れば、吹き付けた灰釉である事がすぐにわかります。
この作品の土は、信楽を使用してます。



●投稿メ―ルより抜粋 
多部  智昭さん(東京都)
東京で吉川さんの作品が拝見出来る所は無いのでしようか。
私は土物(陶器)が好きで、特に備前、唐津、志野などが好みです。
元々関西の人間ですので、多い年は年に4度程備前へ行った事もありました。
東京へ来てからも、益子、笠間等へは出かけております。
是非、一度は作品を拝見出来たらと思います。
東京で個展をしたいとは思 いますが、東京都内の場合、搬入搬出がとても大変です。
完売すれば搬出が不要なので最高なのですが、現在の私の力では、東京で完売するなんて事は無理な話しです。
ほとんど持ち帰りでしょう。
私の場合は、一人で作っておりますので、さほど数が出来ません。その作品の販売は、工房でしております。
是非一度遊びがてら見学に来て見てください。

 団十郎作 「トルネード」   下記の花器3点は、いずれも完売しております。

  



●投稿メ―ルより抜粋  
K・Sさんより(仙台)
━━━━━陶器の食器すべてに、水漏れ防止をしておいた方が良いのですか?

食器類には基本的に しなくて結構です。
しかし、焼きのあまい食器に油物をしょっちゅう盛りつける場合は、食器用シリコンをした方が良いと思われます。
(油がしみ込むと非常に汚くなる器があります。)
逆に、茶渋などがしみ込み、その色の変化を楽しむ、といった器もあります。
萩焼きの七変化というのがそれです。
相馬焼きの場合は、貫入(かんにゅう) にあえて墨をしみ込ませて、独特な景色を出しています。

【貫入 とは】
本焼き後、冷めるときに素地と釉薬の収縮率の違いにより、表面にヒビが入る事。
この場合のヒビは、欠陥品ではありません。
ヒビの景色を楽しんでください。


●投稿メ―ルより抜粋  中山おやじさんより
━━━━━陶芸教室で焼いた花瓶に水を入れて花をさしました。
しかし3日もすると花瓶から水が漏れて、テーブルがビシャビシャになりました。
何が原因でしょうか? 教えてください。 
      
加藤・Mより(東京都)
━━━━━志野焼きのぐい呑みを暫く使用しないでいると、必ずカビが付着していて困っています。
欠陥品なのですか?

結論から言います と、それらは欠陥品ではありません。陶器はそれで良いのです。
カビの原因は、素地の中に酒の糖分がしみ込んでしまったからです。
そうなってしまったら、しかたがないので使用する度に洗ってください。

磁器と陶器の大きな違いの一つ。
■ 磁器(せっ器も含む)は、吸水性が無い。
■ 陶器は、多少の差はあるが吸水性が有る。
つまり、陶器は焼きあげても水が漏るという事。

特に、志野の粘土は、美濃地方の五斗蒔(ごとまき)地区の粘り気の少ない “もぐさ土” を使い、
柔らかい土質の調子をだすためにと、本焼ではあまり焼き締めないようにします。
しかし、そのために吸水性が多くなります。
そういった水漏れを防止するために、焼きあがると同時に私の場合は花瓶にシリコン液をしみ込ませます。
(注意・食器には“食器用シリコン” があります。くわしくは販売店にて説明を受けてからご使用下さい。)
萩焼きも上記と同じく、吸水性の多い陶器です。

スーパー等で売られている志野焼きの花瓶や湯呑や皿の中には、水も油もしみ込まない物があります。
そういった志野は粘土が五斗蒔ではなく、磁器土を使用しています。
そして釉薬だけは、志野釉をかけて焼き上げたものです。
だから見た目には、志野焼きですが、実際は、陶器ではなく磁器ということになります。

さてそこで、陶器の志野を使用するか、磁器の志野風を使用するかは、
あなたのこだわり具合で決めてください。


●投稿メ―ルより抜粋
━━━━石の材料で焼き物が作れるなんて、これまでは信じられませんでした。━━━━━

粘りのある土だけが 材料だと思っている人が沢山います。
土と石は兄弟、もしくは親戚なのです。
つまり石が風化すれば、土になりますよね。
だから石で作ろうが、土で作ろうが、焼きあがれば同じ火成岩ということになります。
自然の石は、自然の火成岩です。そして我々が作る焼き物は、人工の火成岩です。

次に、「粘りがなければ作れない。」と決めこんでしまうのは、多分、手びねり もしくはロクロづくりを想像しているからです。
手びねり・ロクロ成形以外にも、石膏の型作り等があります。
磁器は型作りが最適です。
しかしロクロでひく場合は、フノリを混ぜて粘りを出します。ただし僕はまだ混ぜてやった事がありません。
僕が磁器を作る場合は、半磁器を使います。
半磁器とは、磁器と白い粘土を半々に混ぜた物。
これを使うと粘りは粘土と同じで、焼きあがりは磁器とほぼ同じです。


●3.21(日)曇りのち雪投稿メ―ルより抜粋

━━━━━私は、素焼きの焼き物が好きです。━━━━━ 
                   TSより

TSさんへ   セ ンエツですが
素焼と言うものに対して、90%以上の人が間違った覚え方をしています。
素焼のままでは、商品にはなりません。(例外を除く)

【素焼とは】
成形して乾燥させた物を一度、低温(800度前後)で焼きます。これを素焼と言います。

次に、その素焼に、液状にした釉薬(ゆうやく)をかけて、
それを又、窯に入れ、今度は1250度前後で焼(本焼)きます。
こうして本焼された作品が商品となるのです。
たぶん貴方の言っている素焼と言うのは、焼き〆(やきしめ)とか無釉薬の事でしょう。
つまり、釉薬をかけないで本焼をし、焼き〆た作品、と言うことになります。
代表的な作品には、「備前焼」があります。


●3.20(土)曇り
松島にある「藤田喬平ガラス美術館」で
今度 “湯呑みTHEみやぎ’99展” をやるとの事。
今日、そのスタッフが、我家に出品依頼にやってきた。
僕は、とても良い企画だと思う。
湯のみと言うものは、利用者の気持ちをリラックスさせるという大事な役割を持っている。
それに、一番人の肌に触れる作品でもある。
だから “たかが湯のみ” と言えど、けっしておろそかに作る事はできない。

僕は喜んで出品させてもらうつもりだ。
皆さんも是非見学に行って鑑て下さい。
もしくは、貴方のお気に入りの一品をさがしてみて下さい。

開催5月12日(水)より   TEL022-353-3322



●99.3.18(木)投稿メールより
「陶磁器」 という言葉がありますが、それはどう言うものですか?
教えてください。
               春ウララより

陶器と磁器の2種類 を合わせた呼び方です。
     陶器は土  磁器は石
つまり焼き物の素地材料には、【土】と【石】があります。
         
その中間に 【石火 器 土(せっきど)】 があります。

● 陶器  の代表的伝統産地名   信楽焼・萩焼・志野焼・織部焼
                                           
● 石火 器 の代表的伝統産地名   備前焼・万古焼・常滑(とこなめ)焼・伊賀焼   
 
● 磁器  の代表的伝統産地名   有田焼・九谷焼・瀬戸焼

※専門的な説明をすると、素人の方はたぶん疲れて眠くなると思われますので、
すべて、おおざっぱな表現をしています。ご了承下さい。