2010年1月2月

京都府加茂町
31×22cm

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とくに目的もなく出かけるのは理由なく楽しい。今回は来た列車の加減でJR関西線加茂駅に降り立った。まさにいい加減。
降りてみるとここは恭仁京の町。740年に聖武天皇が遷都したところ、一度は行かねばと思ってたところだ、と後から理由をつけて、ともかく歩いてみた。木津川を渡って土手から北の方を眺めるとこじんまりとした平野が広がっている。なるほどこんなところに京を作ろうとしたのかと感心しながら宮跡をめざししたがなかなかそれらしいところにたどりつかない。あまり観光地としては整備されてないようだ。遷都1300年にはあと30年ある。もう僕は生きていないなぁ、なんて思いながら歩いているとおだやかな農村風景があった。

京都府加茂町
31×22cm

滋賀県長浜へ
 職場の人たちといっしょに長浜に来た。前回には気がついていなかったのだが、伊吹山が近くその雪山の雄大な姿が町のすぐ後に見えていた。近江の国の北の端なのだ。
 日本史の教員のくせに長い間戦国武将にはまったく感心がなかった。生来戦いを好まないせいか、闘争心に欠けるためか、ちっともワクワクしないのである。ところが今年の授業くらいから知らず知らずのうちに戦国大名のことを少しいいように解説している自分に気がついた。つまり自分の国を経営してゆくために彼らも富国強兵にいろいろ知恵をしぼって頑張ってた、などと言ってるのだ。毎年の授業では、会社の経営者やサラリーマン、政治家などみんなが自分の人生と重ねあわせて戦国の武将の物語を読んだり考えたりしてるんだ、などと言ってはいたが、どうも自分もそうなったみたいかもしれない。ここ近江はそうした戦国時代の全国制覇の通り道。国友村や姉川はすぐそこ、みんなとゆくわけにはゆかないので、また後日にということになる。
 歴史の勉強は仕事と考えていたから、これまであまり楽しいのかどうなのかよく分からなかったが、最近はどんな時代、どんな分野もおもしろくて仕方がない。こうなるとキリがない。かくして書物が増え、知りたいことが増え、時間とお金が不足し、また新たな悩みが増えるのだ。

五個荘(滋賀県)
近江商人の町へ来た。湖東を歩いているといかにも近江は豊かな土地柄のように思える。米や麦などの田畑、要所をしめる町並、歩いてみないとわからない。
町の中を流れる用水路で、小学生くらいの女の子が魚をとっていた。

 山城町を歩いたのは5月、大きくて立派なこいのぼりが泳いでた。そういえば我が家でも息子の小さな時にいただいたこいのぼりがタンスの上に置いてある。当時団地のベランダからでは、出せなかったような気がする。もう30年近い前の話だ。
孫のために出してみるか、と考えた時には既に時期喪失。毎日の仕事に追われているうちにそうしたのんびりとしたグッドアイデアが浮上しないまま沈んでゆく。仕事でも授業でもそうだ。やたら忙しい。これではいいものができない。と話しがいつもここに戻ってくる。「山城の国一揆」を連想しながら平野を歩いているはずなのに、である。

30×22cm

2010年10月

2010年6月

30×20cm

30×20cm

30×20cm

  5月に自転車を新しく買った。先代の自転車は約6年半乗って、ギヤが摩滅して正常に走れなくなったのである。それだけに愛着があり、廃車にするのも忍び難く、結局ギヤを全部取り替えて残すことにした。
 新車には走行距離を測るメーターをつけたので、ちょっとづつ延びるのがうれしく、ほとんど通勤なのだが5ヶ月で約1800kmを走ったことになる。夏休みに試しに輪行袋を使って能勢町まで電車でゆき、サイクリングを敢行した。スケッチ道具をリュックに背負っていったので現地で取材、帰りは下りだったので、家まで走った。40kmのサイクリングになった。事故なくうまくいったので、味をしめてしまった。左はその時の一品。

葛城へゆく
 古代の王国葛城へはじめて足を延ばす。「葛城古道」と名の付けられた道をゆく。丘陵の棚田から遠く飛鳥をのぞみ、奈良盆地をながめるこの地は、さすがに古代の王領なのだと思う。真夏の一日なかなかきつかったが、最初に現地で彩色までいったのがこの作品。田んぼの用水で描いた。
 自然歩道の道なりに歩くと開放的でおだやかな風景が広がる。途中、名柄(ながら)という村を通過する。これがまた風情と歴史の風格のある町で「絵になる」のである。偶然に通過するので、こうした時は「運」を感じて得した気分になるのだ。
 

 左は吉野の入り口、下市(しもいち)口。私設の観光案内所らしき所で、古い町並みみたいなところは?と聞いたところ「ないね」とのこと。こんなことは初めてだ。しかたなく「勘」をたよりに歩き出したところ、いくつかの風景に出くわした。そらみろ、これで10枚は描ける。ひそかな優越感、あふれる自信。至福の時。だから何なの、それって。

 福知山線の藍本駅を降りて、その辺を歩き回る。いつものとおりあては無し。どっちに行くか方向も勘である。いい風景に遭遇するかどうかは運である。
 たいていの場合は来て良かった、いい絵が描けるかもしれないという期待に胸を膨らませながら帰ることになる。なんのことはない、せっかく来たのでそう自分に言いきかせているだけのことかも知れない。じいちゃんと孫のつもりだが、これを入れるかどうかを迷ってるうちに3ヶ月ほど過ぎてしまった。よく考えたからではない、決断がつかないだけである。

京都府山城町