2013年9月新作ページ兼近況報告

 仕事から離れて市民生活が始まった。ほんとは今始まったばかりではないのだが、そんな気がする。ごみ捨て、掃除、布団干し。税金、電気、電話代。毎日の生活にかかわって物事を考える時間ができてくると、地方自治やさまざまなことが見えてくる。いや恥ずかしいことに日常の仕事にかまけて何も考えてこなかったのだ。そんなわけで遅ればせながら尼崎市民としての自覚がムクムクと出てきた。
 自分の町も描かねばと走ってたところ(自転車で)、なんと自分の生まれ育ったすぐ近所にこんな田舎風の風景があった。子どもの頃から何度も通ったはずなのに気がつかなかった。きっとこうした風景に関心がなかったのだろう。だれ一人通らなくて、静かな夏の午後だった。

所用で東京に行った。偶然泊まったところが神田川と隅田川の合流点の浅草橋だったので、舟屋の風景に出会うことになった。上を見上げるとまわりはビルばかりだが、川や船、船宿をながめていると東京にも静かな一角があって、飽きることはなかった。スケッチしてるとジョギングの人から挨拶されたりして、東京の下町っていいなと思った。

神田川というとどうしても手ぬぐいをマフラーにしてカタカタ鳴ってたシーンを思い浮かべる。ここよりはもう少し上流の学生の多いあたりだろう。僕にとっては古本と岩波書店の神田なのでそのあたりも歩いてみた。地図を片手にだが、夕方だったので少し迷った。レストランで店員に「北はどっちですか?」と質問してしまって、この人なんてことをきくのだという顔をされた。質問が難しすぎた。

近くの武庫川河畔にて。対岸が西宮、遠い山が六甲。夕方土手の上から眺めるのが僕のお気に入り。これも通勤で毎日自転車で通っていたが、立ち止まることはなかった風景。そもそも夕方などに帰ることなどほとんどなかったので出会うことのなかった風景。1970年代この土手に高架の高速道路のバイパスを通そうとしたのだからあきれてしまう。もちろん大きな反対運動があって撤回されたのだが、公害や原発のことなど考えあわせると、「開発」されなかった歴史も調べて後世に残さねばと思う。

3月に部活の卒業生達と記念旅行に岡山県真鍋島に行った。自分が大学生の頃、クラブの春合宿に来ていたところだ。自分の生徒達にも同じような経験をしてもらいたいとずっと思っていたが、とうとう実現した。はしゃいでいる生徒達をみていると、40年前の自分たちもこんなのだったんだなぁと思った。旅館のユースホステル時代からつづくノートをみていると、そんな想いを持った人がたくさんいるのだ。あらためてずっと続けて来られた旅館の方に感謝したい気持ちがした。