そもそも、俺っつうのは、まあったく、落ち着きのにゃあ男だあっつうの。ホント、俺、きっちゃ店一人で三〇分いられないもんね。一五分。二人だと、まあ三〇分は、なんとかもつね。それぐらいだから、もう、引っ越しするじゃない、もう一年でイヤになる。
ヒヤア、ヤレヤレ、やあっと片づいちゃったな、もう疲れた。もう良い、もう引っ越しやめ! ヘエヘエヘトトヘ、ああ、ど、どれどれ、シーコーでも飲むか、ウワッウワッ、ゴキちゃんが多いね、ワワワッこの水道、うなりやがるの、ワワッワワワッ床が笑ってる!!ってな具合にもう気もそぞろ、町がまず、気にいるかいらないかでずいぶんと違うけどね。

 そもそも俺っつうのは − こればっかしだけど、十八まで、かの鉱山長屋甲子町大橋西部七号の四に住んでいたせいか生涯仮の宿ピッタリという感じなわけ。今、元祖安部総本家、家元ってえのは、埼玉の田んぼの中に、小さくても俺のもんだもんねヒッどうせ、一生懸命働いても、こんな家しか建てられないんだもんね、でも俺ンだもんねえと、かなり卑屈になりながらも、けなげに建ってるわけだが、親父の退職金、長兄の長期ローン、血と汗と涙の家なんだな。ウン、俺、何もしてないんだんもんな。ま、とにかく、埼玉のムキ出しの風雨に耐え、建っておるわけよ。で、親父もおふくろも、人生の大半を、あの人情の長屋住いに過ごしたせいか、はたから見ても、この新居に対してピタッとこない何かが感じられ、いつもそわそわして見える。どうも、人ん家にいる感じなんだな。親父なんかは、エーエーエート、あのですね、あのあの、灰皿があったら、あの、あの、貸してもらいたいんですが。
 住んでる人間がそうだから、たまにしか行かない俺なんか、もう落ち着かない。初めて、女の子と連れこみ旅館に入った時みたいにやたら部屋の中見回してる。
「ねえ、怒ってる?ご、ごめんよ。いや、もうあやまらない。だって、君が、君が欲し、欲し。ほしイモあるけど食べる?エヘンエヘン。フ、フロ、フロ、エヘン、エヘン、テレビ、テレビ見ようか、ワッ! やってるI・エヘエヘン、いやらしいテレビだね、あ、あのあの、そっち行って良い?」
 てなことになってまるでみっともない。だから俺って、引っ越しってえのがもう義務になってるんじゃああるめえか。ま、今の稼業(?)ってえのも、そんなわけで、性に合ってるんじゃあねえでしょうか。結論が先に出てしまいましたが。

 ええ、俺が、無事大学に合格して赤いホッペにオカッパ頭で、故郷を離れ、あこがれの東京に出て来た日は雨が降っていました。俺は、ジーンズの上下に先のとがった黒い革グツをはき、ビニールケースのギターとボストンバッグを提げ、東京駅に降り立ったのです。まだ、その頃は、東京駅まで行く東北本線の汽車があったのです。俺は、おふくろが作ってくれた(本当は、カッコが悪いから、イヤだと言ったんですが)おにぎりを車内で隠れるようにして食べたということからもわかるように、田舎っペに思われたくないという極度の緊張から、顔がひきつり手足が同時に動くという歩き方をしてしまい、迎えに来てくれた姉といとこに笑われてしまいました。でも、なつかしい顔に出会い、心が落ち着きました。そのまま、地下に降り、地下鉄というものに乗ることになりました。俺は初めてだったので、また、上がってしまいました。さりげなく、俺は姉に尋ねました。
「ね、ねえちゃん、あのさ、汽車の時間、見なくても良いのが?」
 あのう、俺の今までの体験からいって、電車が分きざみで走るということは想像を絶することなのでした。かの釜石線ではラッシュ時でさえ、一時間に一本なのでした。どこでどう乗り換えたのかはわかりませんが、とにかく息苦しく、地上に出た時は、ホッとしました。中目黒でした。雨でした。中目黒銀座という商店街を歩きました。どっかで吉田拓郎の「ある雨の日の情景」が流れていました。どこかで見たことのある顔が見えました。
岸部シローという人でした。あっ俺は思わず立ち止まって、隣を行く姉のそでを引っ張りました。
 「ね、ね、ねえちゃんあ、あれ、あれ、芸能人が歩いてる」
 すると柿は、顔をしかめ、
 「いちいち、そんなことで驚かないの」
 と言い、そ知らぬ顔をしてまた歩き出しました。

 その町には、あまり長くはいませんでした。俺は、アパートにこもりあまり外こま出ませんでした。外に出るのが、そうです恐かったんです。人の眼が。みんなが自分を見てる。自意識過剰というか、今では、みんなが自分を見ていないと恐いという三六〇度逆の自意識過剰なのですが。俺があの町で知っている所といえば、お風呂屋さんと小さな神社(お寺?)と、薬局屋さんの三つでした。そうですそうなんですよ川崎さん。犯人(俺)は、自閉症に近い状態になりまして外に出られない。外に出るのが恐いというのですよ。
そのうち、犯人、まあ仮にA君としておきましょうか、犯人は、タバコを覚えるわけですよね、まあ、そんなことで大人になったと、犯人は思いたいんですよ。で、じっと、家にというか、せまい四畳半の畳の上で、じっとしていてタバコ、何もすることないからタバコ、という具合にタバコが友達、タバコが恋人というわけですよ。で、外に出られないということで、ま、当然、運動不足になるわけですよ。そのうち、タバコのヤニが犯人の若い体を蝕んでいくわけですな。自閉症の自がいつの間にか痔に変わるわけですよ。なにせ、そのアパートが運悪く和風にできていたわけですよ。ある日、トイレに行って、あまりの痛みに泣き出すんです。あうッ。痛い!どうしたんだろう。ワッ血だ。血が、おしりから血を吐いたどうしたんだろ! 生理というのかな、これがオ、オレ、オンナになっちゃった。あんべ光俊十八の春であった。もう痛くて眠れないんです。横になってもたてになっても、心臓の音といっしょに、ケツが泣くんです。それで、薬屋に行ったんです。そこは、化粧品も売っているところで、若い女の人でたえずいっばいになっているというお店でした。俺は何度も店に入ろうと思いましたが勇気がでませんでした。しかし痛みが、あまりにひどいのでした。おしりがもげる、しりに火がついたとは、痔の人が初めに言ったのではないでしょうか。ついに俺は、キラキラ輝く都会の若い女の人でいっはいのお店に入って行きました。そして、小さな声で、
「あの、あのあの、痔の薬欲しいんですが」
 と、勇気を出して言いました。すると、店のメガネのおじさんがニヤリと笑うやいなや、でっかい声で、
「ジですか!」

  だから、俺の中目黒という町の思い出は、痔を覚えた町、変な言いまわしですが痔を覚えた町ということになります。まあ、俺は、その狭い四畳半の部屋の窓から、か細いアンテナをつき出し、東京を少しずつ感じとろうとしていたのでした。自分のリズムと外のリズムを恐るく合わせていこうと西日の射す窓辺でじっと息をひそめていたのでした。あの頃俺は何を思っていたのでしょう。


目次へもどる

TOP PAGEへもどる